5/27分 さよなランドナー
群馬県嬬恋村の山奥にて。テントは岩ゴツゴツの上だし服は濡れてるし、明日をも知れない不安の中で過ごした一晩。カロメ半箱を朝食とし、いざ山を脱出すべく沢筋を降り始める。昨日の無理がたたって腕と左膝に力が入らない。セルフ斥候を繰り返して遅々と進む。ようやく何か人間が作業したような形跡があって、道を発見したかと急斜面を押したり担いだり引っ張ったりして登る。しかし完全に藪の中。少しでも引っ掛かるものを無くそうとペダルは外してあるが、肩で息をしながら分速5メートルも進まない。雪こそなけれ「八甲田山死の彷徨」の話を思い出す。
高台に出たところでもしやと思いケータイの電源を入れたら、微弱ながら電波を掴んだ。スキー場が近くにあるおかげだろう。そういえばこれGPS機能が付いていたんだ、と地図画像をダウンロードしてみる。…考えていたのとは全然違う場所に自分は居た。絶望ばかりが現実味を帯びてくる。最後の望みでまた沢筋に下り、立ち往生したところでカロメもう半箱を口にする。もう出発から5時間以上が経過し、食料は尽きた。
つらい決断の時が迫った。このままでは確実に遭難死する。自転車を放棄し、命だけでも助からないといけない。おいおい、冗談だろ…と思いつつフロントバッグに持ち帰る荷物を詰める。あまり多いとこれまた命取りになるが、テント・寝袋以外はがめることにした。ランドナー用輪行袋とかかさばるけど。あと食料ゴミも持ち帰る。
深い谷底なのでヘリコプターでもピックアップは無理だろう。断腸の思いで自転車と別れる。沢が増水すれば押し流されることもあるだろうか。さよなら、ハイランドレディIII世号。
Fバッグだけでも肩が痛いし、沢下りは相当な体力を食う。とっくに飲料水は尽き、沢の生臭い水で渇きをしのいでいる状態。でもどこかで正規の道と交わるはずだ。そう信じていたのに、沢は滝になり左右は門構えのような崖が立ち塞がる。ジ・エンド。おれ、死ぬのかなぁ。
滝壺に飛び込むか、崖をよじ登るかの二択となった。少し戻れば急斜面だが何とか登れるか? これが最後の難関と信じて、細い木の根を掴んでつたう。生きたいんだっ!
力の限りを尽くして再び高台に出た。GPSをチェックすると、あれ?既に正規の道と交わって行き過ぎていた。その方へもう少し登ってみると、「道だー…!!」かすれた声で叫ぶ。しかし廃道状態で竹藪が酷く、気をつけないとまたロストしそうだ。石垣の遺構はあるが橋はなく、もうひとつ沢渡りの難関が現れる。ここをクリアすると、所々道は崩落しているもののトラロープなどで辛うじて行き来できるようになっている。もうこれは、完全に現役の人道なのだ。あとはゾンビのようにフラフラと歩けばいい。
ようやく生きる望みがつながった喜びと、失ったものの大きさに涙が溢れてくる。…いや、泣くのはまだ早い。水分がもったいないじゃないか。
とうとうアスファルトの車道と合流すると、時々通りかかるクルマもある。ヒッチハイクすべきかと葛藤したが、こんなボロボロの身なりでは申し訳ない。ここまで来たからには自分でケリを付けろ。梅チューブの残りを全て吸い尽くし、足を引きずって干俣の集落に入る。自販機発見。やっとカロリーのあるものを口にできる。食料品店も見つけてアンパンを買いつつ、ここにバス便はあるか聞いてみる。「日曜はないんだよなー」って、やっぱり。
疲れすぎてるせいかちっとも旨くないアンパンを喉に詰め込み、夕立のもとを歩く。歩く。走れない。歩く。ようやく吾妻線終点の大前駅に着いたが、無情にも電車は目の前で発車してしまった。ここの次発を待っては今夜中に松本へ帰れない。さらに3km先の万座・鹿沢口駅まで足を引きずり、やっと落ち着いた。コンビニで唐揚げ弁当などハイカロリーなものを買い込み、駅の待合室で身なりを整えつつ貪る。生きてこその食事! メールやツイッターをする余裕も出てきた。反応があるのが嬉しかった。
普段の人間生活というものが、いかに安全安心によって守られているかを実感する。だからこそ自殺を考える人もいるのだろう。自分は自分の愚かさのみで一番大切な物を失い、幸運の積み重ねで命だけは助かることが出来た。どう非難されても仕方がない無謀なマネをしたが、自分だけの冒険によって得られた経験で価値観も変わるだろう。とりあえず、こんなのはもう懲り懲り。
本来は自走で小諸を経由し松本に帰る予定だった。敗残兵の乗った列車は渋川、高崎から長野新幹線を経由し、日をまたいで松本駅に到着。一旦冷えた脚はもう歩くのもままならぬ状態だが、今後の出費を考えると深夜タクシーを使う訳にはいかない。時間をかけて自宅に生還。明日から仕事、日常に戻ろう。
ちゃんと帰還するところがさすがです。
しかし今回こんなにシビアな状況だったとはびっくりしました。
本当に助かって良かった。
一見何げないアスファルト道路のスナップショットには、いろんな記憶や思いがセットされているんでしょうね。
膝、おだいじに。
投稿: nbb | 2012-05-29 12:53
グンマーからの無事御帰還なによりです。自転車は残念でしたが、命あっての物種とはこの事でしょうか。自転車と膝の早期復活をお祈りしています。
投稿: kinotty | 2012-05-29 20:53
nbbさん
あの写真からそこまで察して頂けるとは、書き手冥利に尽きます。
回復したら、冒険と言える範囲内でまた駆けずり回りますので、よろしくお願いします。
kinottyさん
いずれ、きっちり群馬リベンジしますよ。
ただし仰る通り命は大事ですね。新車が組み上がるまでの間、反省と再発予防に努めます。
投稿: むらよし | 2012-05-29 23:47
むらよしさん。初めまして。
長○市に住んでいる者です。小串鉱山に関心があって、色々調べているうちに、むらよしさんの小串鉱山遭難記に辿り着きました。大変な思いをされましたね。ご無事でなによりです。
他にも幾つか記事を拝見しましたが、むらよしさん博学多才ですね!!すごいです。
小串鉱山、自宅から近いのになかなか行かれません。一人ではちょっと怖くて。
それでも機会を作って行ってみたいので、また色々教えていただけませんか?
投稿: にゃんたま | 2014-10-07 19:15
にゃんたまさん
初めまして、自分で読み返しても拙いと思う部分が多い記事ですが、お読み頂きありがとうございます。
あれ以来、毛無峠にはまるで墓参りのように毎年訪れていますが、小串鉱山まで下りる余裕はなかなか無いですね。
今週末に行われる鹿沢温泉の小串硫黄鉱山展へ友人と行ってみる予定です。台風次第ですが…。
投稿: むらよし | 2014-10-08 21:58
むらよしさん、ありがとうございます。
コメントを出すのは、人生初の試みだったので嬉しいです。
3連休、生憎の天気らしいですね。私もドライブがてら行ってみようと思っていましたが、無理そうかなと。その分今日は我が家から、横手山~菅平と見渡せる天気だったので、今日こそは小串鉱山に出陣!!と…思っただけでした。早くしないと雪が降っちゃいますね。むらよしさんも風邪やケガなどにはお気をつけて。
投稿: にゃんたま | 2014-10-09 21:23
にゃんたまさん、暖かいコメントありがとうございます。
長野盆地から見上げる上信の山々は、命を飲み込まれ欠けたこともあり、威厳を感じます。それでますます惹きつけられるようになりました。
にゃんたまさんもお気をつけて、十分な余裕を確保してお出かけ下さい。
投稿: むらよし | 2014-10-10 20:02