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8/24 寒さの夏はオロオロ下り

何だかんだで20km以上の自転車走行が12日間続いてるし、輪行も負担だった。今日は完全に膝と腰を休めよう、と思ったが明日東京に下る用事が出来たので、やっぱり今日走る。

いつもの美ヶ原タイムアタック。フルキャンプ装備に比べて何て軽いんだろう、というのも序盤までで、脚力と呼吸力のバランスに苦心する。しかし「乗鞍前は今日で最後だ」という気持ちと涼しさに救われ、なかなかの集中力。タイムは1:29'17"と、大台に間に合って一安心。

Tettou 登りで涼しいということは、下りで寒いということだ。ウインドブレーカー等を持ってきてないし、ゴールしても足を付かずそのままUターン。身体が温かいうちに、という目論見だったがすぐキンキンに冷える。帰宅しても手がかじかんでて、30℃の室温がありがたく窓も締め切る。

ツールド美ヶ原が終わってテンションが下がり、お盆ツーリングで燃え尽きる、という毎年の条件は変わらない。残り一週間であと一回くらいは朝練に出たいが、基本は体調管理を再優先に、全日本マウンテンサイクリングin乗鞍でベストの走りをしたい。

8/18分 北上昼曲

猛暑続きで3泊ともテントにフライを掛けていないが、それでも昨夜は湿度が高くて寝苦しかった。朝までよく頑張った。少々の雨にも負けず、北上市街地へ下りて行く。二子集落を経て川沿いの自転車道を上り、やって来ましたイギリス海岸。しかし渇水期じゃないと独特の地形は現れないらしい。

Hanamaki せっかくだから花巻市街地をぶらついて行こう。城趾にある小学校の壁には賢治のシルエット。駅の観光案内所にはイーハトーヴ交響曲公演のポスター。チケットの売れ行きは微妙なのかな。自分だったら是非聴きに行きたいが。生家なども回り、東の街外れに移動。

最後のキッツい坂を登ると宮沢賢治記念館がある。展示を一字一句読む時間まではないが、妹との訣別あたりは切なくなる。旅の最後の贅沢として「注文の多い料理店」山猫軒でイーハトーブ定食を頂こう。角煮、天ぷら、すいとん。
新花巻駅でサイクリングは終了。帰路も新幹線乗り継ぎで、さすがのUターンラッシュ模様。自分は一ヶ月前に指定席を取っといたので余裕だが、旅の疲れかちょっと息苦しい。

その一ヶ月前の時間が無い時テキトーに考えたプランを、結局ほぼ踏襲する形の旅程となった。ヒルクライム趣味による体力があったからこそ、それを無理なくじっくりこなせたんだと思う。前半はネットやテレビ越しではない今の津波被災地を、後半は宮沢賢治の足跡を辿る旅。短いながら去年の小串鉱山や北海道にも劣らない強烈な思い出を残しそうだ。復興についてはこれからも考えていかねばなるまい。

北陸新幹線の上田あたりで美ヶ原が見えると、だいぶ近くに帰ってきたなーって気がする。特別急行しなので松本帰着。旅行中は少々のツイートとニュースのチェックくらいはしたが、基本的にケータイの電源は切っていた。デジタルデトックスは中途半端なまま、ネットと仕事の日々に戻る。

8/17分 夏油戦記

Taneyama キャンプ場から少し自転車で登り、さらに少し歩くと種山ヶ原の頂、物見山870.6mに立つ。どっどどどどうど どどうどどどう。早朝の涼しい風に吹かれ、残丘(モナドノックス)という岩との間を何往復でもしたい。なるほど宮沢賢治が幾度と無く訪れているわけだ。賢治三山のもう二つ岩手山や早池峰山も遠望し、後ろ髪を引かれる思いで下山。テントや荷物を回収して、牧歌の碑にも寄り道しつつ、盛街道を西へ下りて行く。「種山ヶ原の 雲の中で刈った草は〜」。

旅の疲れが回ってきたけど、これが一番やりたいことなんだ。

江刺の街を過ぎて北上川を渡ると、また登りに転じる。金ケ崎町の田園地帯を一直線に進み、千貫石森林公園キャンプ場に到着。ここで家財道具を降ろし、いざ夏油高原いで湯ラインへピストンだ。やっぱり空荷だと登り坂の1kmが早く過ぎ去る。気分は夏油高原ヒルクライム大会。

Getou 最深部に夏油(げとう)温泉がある。温泉好きなら一度は来たい秘湯で、元湯夏油には5つの露天風呂がある。一つは女性専用なので残り4つを下から攻略。最後の大湯は熱すぎて掛け湯が精一杯だが、いいお湯だった。きっと薬効もばっちりだ。また、人気のない山道を1km弱歩き、日本最大の石灰華も見物していく。

人柱伝説が残る千貫石溜池付近は、とりわけブユが多く悩ましい。虫除けスプレーがあまり効かないんだよね。キャンプ生活をしていると日に日に米を炊くのは上手くなる。

8/16分 ツールド種山ヶ原

平成の森は南三陸町歌津の高台にある運動公園だが、野球場とキャンプ場以外の広場はいま仮設住宅街となっている。他の仮設住宅群と同様に庭がなくて建ぺい率が高く、異様に密集している。早くマイホームに帰りたいだろうに、これからどうなるのだろう。

国道45号サイクリングは気仙沼市に入り、ふと小金沢駅に寄ってみる。ここもちょっとした高台で海岸の眺めが美しい…のだが駅は破壊されていた。海に向かって手を合わせる。

Shishiori 市街地の南気仙沼駅前は、また無言で立ち尽くすしか無い惨状。誰の遺品か、ジャケットやノートパソコンが転がっている。でも湾の方へ行くと、さすが日本有数の漁港だけあって凄い活気。破壊されたままの建物も多いが、いちいち復興なんて待ってられねぇ、使えるものから使おうという勢いである。6年前の三陸鉄道旅行で訪れた観光桟橋の跡には、港町ブルースの碑が傾きながら残存していた。
鹿折唐桑駅前は大型漁船が打ち上げられたまま。観光客を集めて向いのコンビニは忙しそうだが、まもなく漁船は解体されるらしい。

リアス式地形にも時間と体力を奪われつつ、岩手県陸前高田市に入る。懐かしきユースホステルの残骸と、松のオブジェ。いわゆる「奇跡の一本松」の保存には私も否定的だったが、賑いを見る限り成功している。こういう分かりやすい被災地ばかりに観光客が集中することの方を心配した方が良さそうだ。
昼食はホタテ定食にしたかったが、「こんの」は激混み。他にはラーメン屋しか見当たらず、いつもの菓子パンに落ち着く。海鮮モノは気仙沼で済ませておくべきだった。

Takata 陸前高田駅前は、もうほんとうに何もない。だだっ広いところに道路しかない。人口減少に悩みつつも頑張る商店街があった筈だ。歩行者用信号は音を鳴らしていただろうか。すべて大津波によって奪いつくされた。改めて、復興とは何なのだという疑問が浮かぶ。それでも、「絶対に諦めない」んだそうな。凄い。頑張れ…。

大船渡に回る副案もあったが断念。津波被災地を離れ、気仙川の清流沿いに内陸へ向かう。ここから旅の趣はガラッと変わるのだ。住田町の中心市街地を過ぎ、国道397号で坂が本格化してくる。

種山ヶ原。冨田勲×宮沢賢治×初音ミクのイーハトーヴ交響曲における歌い出しの地であり、今回の旅のクライマックス。尤も今日は疲れた。山頂などの散策は明日に回し、奥州市側にある星座の森キャンプ場にテントを設営。高田で買った三陸ブリ生姜煮をおかずに米を炊く。

8/15分 トウナからノビル道

松本駅のホームに南三陸町の大きなポスターが貼ってある。今日これから行く所だ。縁みたいなものを感じながら、長野駅まで鈍行、そこから北陸新幹線〜東北新幹線と乗り継ぐ。本当は18きっぷ系の地に足の着いた旅行が好きなのだが、4日間しかないお盆休みを活かすためにはワープするのも仕方ない。初音ミクみたいな色をした「はやて号」を見ると、ワクワクしてくる。きっと素晴らしい旅になる。そりゃ、被災地を目の当たりにすることに気は重いけど。

仙台駅で仙石線の各駅停車に乗り換え松島方面へ。「終点」の高城町駅で下車。ここから先は鉄路が寸断されているのだ。自転車を組み立て、近くのスーパーで昼食の買い出し。ラジオからは流行りの曲が流れる。って潮騒のメモリーか。正午、サイクリングを始める。

Touna 海沿いの県道をゆくとあの跨線橋、あのカーブの東名駅がある。ニコニコ動画で伝説的作品となっている「トウナ ステイション」の舞台だ。ホーム以外が流されて、いろいろ壊れたままそこにある。今回の旅で初めて目にする津波の跡。

尤も、個人的に思い入れがあるのは次の野蒜駅。こちらは快速停車駅だけあって少し立派で、それだけ破壊っぷりも大きい。1995年に初めての長期サイクリング(2週間の合宿)で、青森から陸前高田を経てここが終着だった。1997年に茨城から福島浜通りを走った時もここが終着だった。さよならオレのターミナル駅。

石巻市では海岸から離れた道を走り、さほど津波の被害を感じなかったが、所々で仮設住宅群を目にした。北上川沿いに若干北上し、国道45号横山峠を越えると三陸海岸の南三陸町に入る。ここは田園地帯…じゃない、家が立ち並んでいた場所か? 南三陸ホテル観洋は高台で盛況のようだが、志津川の街に入ると。

えーっ!…思わず声が出る。壊滅的、じゃない、壊滅だ。コンクリートの基礎部分だけ残るが、どんな建物だったか想像がつかない。それが辺り一面に広がる。しぶとく残った鉄筋コンクリート製の建物も1、2軒あるが、最上階にいても助からなかったんじゃないか?「復興、復興」って言うけど何なんだよ。これじゃどうにもならないじゃないか。ガレキがあらかた片付いただけで進捗したと言えるのか。

国道には「ここから/ここまで津波浸水区間」の標識がアップダウン毎にあり、度々交差する気仙沼線の壊れた橋梁は、まるでタウシュベツの鉄道遺産のようである。BRT専用路としての工事が進んでいるが、もうレールが敷かれることは無いかも知れない。

Utatsu 歌津の街も根こそぎ。仮設商店街があって、Jリーグ全チームの旗が掲げられている。松本山雅FCもあり、寄せ書きがしてあるようだった。ここで夕食の買い出しを済ます。道中はこういった仮設商店街の他に簡易建築のコンビニも多いので、食料調達には困らない。

海風のおかげか猛暑期としては比較的涼しい旅路だった。所々で足を止めたし、平成の森キャンプ場に到着したのは18時前とちょっと遅め。自炊用具も積んだフル装備だが、食事はレトルト中心となる。

8/13 鳥海BGMクラシック

Misuzuaug 自転車朝練で浅間温泉から美鈴湖へ、区間22'40"。明後日からが本番だし、今日はここまでにしておこう。
という訳で旅支度はまだ手に付いてないが、お盆休みにまた東北へ向かう予定。四連休しかないので18きっぷでのんびりというスタイルを取るわけにいかず、新幹線の乗り継ぎでワープする。
去年はデジタルデトックスとして七日間通信機器を持たずに旅をしたが、今回は余震が多いなど場所が場所なだけに、ケータイくらいは持って行く。ブログの更新は帰ってきてから追ってやっていく予定。旅行中に若干のツイートはするかも知れない。

その前にどうにか、Mt.鳥海バイシクルクラシック2ndステージ5倍速編のニコニコ動画アップロードが間に合った。BGMはまたイース、クーポン 曲のストックが切れそうだ。

8/10 長征800キロメートル

Takeshisouth 良い天気だし、ツールド美ヶ原のコースをタイムアタック。序盤から飛ばしたら息が苦しくなり、中盤はいつもより軽いギアで少し楽に進む。終盤また頑張ってみたけど、タイムは1:33'16"と寂しい結果になった。
すっかりヘトヘトで台上に行くような元気はないが、代わりに武石峰へプチ登山。ここから眺める美ヶ原山塊のスケールは、道路を走っているだけでは味わえないデカさがある。

街まで下りると、猛烈な熱風が吹き荒れている。しまった、ずっと美ヶ原に居れば良かったか。部屋の扇風機を今年初稼働させよう。

という訳でMt.鳥海バイシクルクラシック自転車載映像の5倍速編を、まず初日分からニコニコ動画にアップロード。矢島に至る輪行旅程もくっつけて、「長征&1stステージ」編とした。BGMはできればガレージバンドなどで作りたかったが、時間がないのでまたイースのせつない曲を借りている。

8/7 盆前 萌え出すような熱い魂

Ireinkup 自転車の朝練は3週間ぶりという体たらく。よほど脚力も落ちているのではと思ったら、涼しさに助けられたのか朝練としては悪くなかった。野球場〜美鈴湖まで22'33"、さらに慰霊塔入口まで追加して28'12"。
慰霊塔に登ってみると、夏至の頃より遅くなった朝日を浴びる町の向こうに、雪渓を残した乗鞍岳がうっすら見える。次はあそこだ。いやその前にお盆ツーリングの予定もあるから、脚力はある方が良い。

ユーチューブにMt.鳥海バイシクルクラシックの2ndステージをアップロード。序盤に抜かれた人に終盤追い付いたり、またはその逆だったり、メカトラ抱えたまま闘ってる人がいたり、突然のひどい雨・・・などと自分で見るぶんにはいろいろドラマが思い出されて一気見するくらい面白いのだけど、やはり需要は限定的だろう。さっとコース全体を確認できる5倍速の編集はこれから。お盆までに出来るかな…。

8/4 競馬競馬90分

自転車で高ボッチ高原へ向かう。崖の湯側から登ることが多い所だが、今日は一方通行規制が掛かっているので塩尻峠側からアタック。こちらも1km進むのに6分前後かかってしまうような、なかなかの激坂だ。残り距離が少なくなるにつれて呼吸を追い込んでいくと、美味しそうな屋台の匂いが漂ってくる。

Tbkeiba やってきました、年に一度の高ボッチ高原観光草競馬大会。「標高1マイル決戦」と銘打つ日本最高峰の競馬は、今年で60回目を迎える。ちょうど朝9時の第1レースが始まるところだが、まるでどこかの運動会の如く、柵の周りはカメラマンでびっしりである。初めて観に来たけど、こんなに人気があるものとは知らなかった。ポニー・中間種・競走馬といった馬種ごとに、一周400mのダートで迫力のあるレースが展開されてゆく。

90分ほど、数レース楽しんだところで自分は下山。崖の湯経由で、昼には帰宅する。あとは動画編集のため自室に缶詰だ。
という訳で先週末のMt.鳥海バイシクルクラシック、とりあえず1stステージからユーチューブにアップロードした。映像を見てから気付くこともある、反省点の多いレースだった。

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