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1/26 今じゃ疲れてオンボロロ

2週間のブランクを開けてしまった。ようやく肋骨が繋がってきたので、土曜日は田溝池〜浅間温泉12.4kmを様子見ジョギング。ペースアップし過ぎた時のような脇腹痛が残るけど、気にしなければどうってことはない。また走れるようになったという喜びが勝る。

日曜日は薄川第一水力発電所まで往復する17.5kmを、今できるハイペースで。川沿いの10km区間は48分13秒かかる。これを3月のランニングフェスティバルin信州スカイパークまでに40分近くにまで縮められるだろうか。自宅までの帰路はスタミナ切れでボロボロになるし、課題は多い。ま、一番大事なのは今後は怪我をしないことだ。

1/18 江島の戦い

肋骨にヒビが入ったようで、しばらく走る気になれず。トレーニング帳としての当ブログはネタなし状態だが、ネット上で変わった現象が起こったので、それについて思うことを書く。4年前にアップした動画についてだ。

ニコニコ動画:自転車で江島大橋を走ってみた(3倍速)

当時江島大橋は見た目のインパクトから激坂ファンの一部で話題になっており、山陰キャンプツーリングのついでに寄って動画を撮影することにした。ニコ動の「世界の新着動画」というコーナーで高支持を得たい、でも狭い橋を自転車で走る内容はコメントが荒れるかもしれない。旅行前からそう考えていた。果たしてそうなった。自転車載動画なんてニッチなもので、再生回数が千に満たない投稿動画が多い中で、数千回を記録する人気動画と言えた。なおBGMの「銀河鉄道999」から「行け行け飛雄馬」への変化はサイクリング部の先輩Tさんと同輩Hがそう歌っていたもので、自分のアイデアではない。

Zoom昨年12月28日に親戚宅で久々に(ニチアサ以外の)民放テレビを見た時、ダイハツのテレビCMでこの橋が映っていた。手を叩いて笑った。深くは考えずその後韓国へ旅行し、今年元旦にフェリーで帰国。境港に向かう船上からも江島大橋が遠望できて、やはりあの橋は面白いと思った。

自分がニコ動に投稿した作品については、サムネルを並べたページを作って時々「返信すべきコメントがないか」など監視している。まぁ滅多にない。ところが1月15日に、件の動画の再生回数が急上昇。自分の中では奇跡的な人気動画だった「暗峠(大阪側)を自転車で往復してみた(3倍速)」を抜き、初めて1万回再生を突破した。いったい何があった。どうやらヤフー映像トピックスというサイトに「ダイハツCMで話題の急勾配をチャリで」として取り上げられたようだ。ヤフーのトップからワンクリックじゃ行けないページでも、そんなに影響力があるのか。

一旦は落ち着き、1月17日の金曜日。仕事から帰宅してから艦これなどにうつつを抜かし、しばらく気が付かなかった。はぁ?え?再生回数が20万を突破!?ケタがおかしいんだが、今度こそ何があった? ツイッターなどで調べてみると、午前11時台に極端な上昇があり、12時の毎時ランキングからしばらく再生回数1位に居座っている様子。何者かの意思による工作だろうか、未だにその11時台に何があったか分からない。奇しくも星一徹役の声優、加藤精三さんが亡くなった時刻である。もちろん自分は労働中であり、工作には加担していない、念のため。あとはなすがままに延焼していく。

24rankマイリスト数の割合が低いものの、再生回数によるゴリ押しで24時間総合ランキングでも1位となった。宣伝も付き、ユーチューブに転載する人まで現れる始末。舞い上がるように嬉しいっちゃ嬉しい、ああ小市民。河原の小石、ツブテのような者たちの一人にすぎない自分が、こうも大勢の感情に影響を与える機会は、一生で一度だろう。それをただ黙って見ているだけなのか。こういう時、どうして良いかわからない。

コメントにはニコ動の特性とも言える、脊髄反射的なものが並ぶ。すなわち「死ね」「クソカス」「邪魔だ」「轢かれろ」「うざい」「迷惑だろjk」等々。長文による批判も。だが擁護論や法律行政論も多く、単純な炎上ではないところがますます人を呼ぶ要因になっている。他に「あの橋は実在したのか」とか「地元だ嬉しい」とか「BGMwww」とか、見る人によって異なる感想は、非常に多彩。いわゆるタグ戦争も勃発している。

「江島大橋の車道は自転車禁止だろ」というコメントがあるが、それはデマ。似たようなインパクトを持つなみはや大橋あたりと勘違いしているのだろうか。そして歩道は自転車走行禁止。これは標識で明示されていて、近年はロシア語でも歩道は押して歩けと書かれている。火野正平さんも歩道を押して歩いたようだ。中海ライドという自転車イベントではもちろん車道を走る。

私自身もたまにだけどクルマを運転するし、クルマが偉くて強くて格好良くて便利で速くて…という気持ちが分からなくもない。何も力を持たない若者が生まれて初めて手にする力、それが自動車だと安達哲の漫画「キラキラ」(ホワイトアルバムだったかも)で定義されていた。だが、誰だってクルマやチャリを降りればタダの人。それぞれの車両において共存共栄の道を模索すべきであろう。急ぐための手段として使ったら、どちらも殺人兵器と化す。そんじょそこらの国家間戦争を上回る犠牲を積み重ねてきたんだ。自転車はキープレフト、自動車は無理して抜かない。状況に応じてゆずりあい埼玉、それでいいんじゃないか。

結局、この状況を楽しむのが一番。リアルで殺しに来る人がいたら、肋骨が痛む身では防御できないかも知れないが。ニコニコ動画なんだから、ニコニコすればいいと思うよ。

まもなく50万回再生。祭りはそろそろ終わりかね。

1/12-14 肋骨 is dead

三連休の初日、クルマで道の駅堀金まで行く。昼食はジョギング後に摂る予定だったが、もう食堂が開いているし、小腹が空いた。ここの名物、常念天丼を食べてしまう。という訳で、満腹状態でジョギングスタート。当然かなりのスローペースである。

396あづみ野自転車道を北端まで進み、穂高川沿いに御宝田へ。いくつもの川が合流する複雑な水郷地形を探索して楽しむ。柏矢町方面へ進む途中、わさび田湧水群公園脇の万水(よろずい)川にちょっとした遊歩道がある。ほとんど通る人がいないのか草が絡まっており、見事に足を引っ掛けて前倒してしまった。うっ、左脇腹にイヤな痛みが走る。とりあえずゆっくり走で堀金まで帰還。明日厄除け祈願に行こうという前日に。

翌日、翌々日とも痛みは引かず。無理すれば走れないこともないが、仕事に障ってはいけない。肋骨にヒビが入っているかも。また骨か…。マラソントレーニングはイタい足踏みとなるが、今は大事を取って安静にするのみ。

昨年6月のツールド美ヶ原参戦記は完成。今更だが、続けていることだから埋めていく。

Pusanbanあと、Poinで韓国旅行のフォトアルバムを作成開始し、順次追加中。(iOSアプリ上で閲覧すると、写真をピンチイン出来たりします)

2014/1/1分 船上のハッピーニューイヤー

DBSクルーズフェリーの貨客船イースタンドリーム号は、関釜フェリーのよりやや小振りで、一見豪華だがエレベーターがなかったりする。割り当てられたのは2ndクラス寝台8人部屋。そこは往路みたいに日本人オンリーで、旅の話や悪口で盛り上がるものだと思っていた。ところが同室に居るのは韓国人たち。あれ?

とりあえず早目に風呂を済ませ、船内探検を開始。3人のアテンダントのうち1人が日本語も話せるので、日本人がどれくらい乗っているのか聞いてみた。すると人差し指を立てて「外国人のお客様は1人だけですよ」と。大笑いしてしまった。ロシア人さえいないこの船、数百人みんな韓国人だ!サッカー日本代表が北朝鮮遠征で味わう以上のスーパーアウェイではないか。それも明日の朝まで…。

Depart往路フェリーで「DBSの食事はクソまずいぞ」と聞いていたが、旅のネタにメシマズは基本。いわゆるバイキング形式で、後がつかえてるので急いで皿にぼんぼん盛っていく。何だか良く分からないメシになって、とにかく辛いだけ。なるほど10000ウォンの価値は無い。お代わりもせず退散。後でアテンダントに味を聞かれ、曖昧に答えたら「朝もほぼ同じものが出ますよ」と教えてくれた。暗に「やめといた方がいいですよ」という意味だろう。いつの間に離岸、東海や三陟の夜景がゆっくり遠くなってゆく。さよなら。また来られるかな。

同室にも日本語をそこそこ話せる人がいて、分からない単語をマーキングしながらゴルゴ13を愛読している。「しょっぴく」とか分からないよね。もう一人、ほんの少し話せる人もいる。やがて飲み会が始まり、参加するよう勧められる。酒がとにかく苦手で、船酔いも怖い私はとりあえず遠慮する。しかしいよいよ断れない空気になり、一杯頂くことにした。まず一番若い私から韓国焼酎を注ぐよう促される。そういう風習。ええと、こうやって左手を添えるんだっけ。5人でカンパーイ。

まさかこんな狭い所で、韓国人たちと膝を突き合わせて飲むことになるとは。しかも奥の方に座ったから逃げ場がない。流れで対馬から竹島の話になり、隣の人が「◆○☆▲トクト(独島)×%*ウリナラ(我が国)◆○☆×%*▲‼︎」とまくし立てている。だが私に対して嫌ったり怒ったりする様子はない。主張はするがあくまでフレンドリーである。あとはただ聞いていたり、日本語の人に通訳して貰ったり。やがて韓国語オンリーの船内アナウンスが流れたかと思うとお開きになり「チャル モゴッスムニダ(ごちそうさま)」。したら表に出ろと。「花火 ハジマルヨ!」

Fireデッキにはダウンジャケット姿の人々。20時半に皆でカウントダウンすると、船尾から沢山の花火が上がり大歓声に包まれる。こんな間近で打ち上げられるのを観るのは初めてだし、なかなか終わらないし、感激した。まったく、鳥取県からの巨額な赤字補填を使ってこんな事を…とも考えるが、アテンダント曰く年の最終日だから特別なんだと。

0時に年明けの歓声がラウンジの方から聞こえた。私はそのまま寝ている。しかし部屋が暑すぎて3時に起き、宴会跡のラウンジに移動。船がけっこう揺れるので、かえって気持ち悪くなった。寝台に戻る。こうして朝を迎えパンの余りを食い、外のデッキに出る。何やらみんな手に風船を持ってわらわらと出てきたので、自分も一つ貰って来る。白み出す空に、思い思いに風船を放っている。おいおい、日本の海を汚すなよ…と思いつつ一緒にやる。(竹島が日本へ還りますように) あ、右の方向に陸地が視える! 我が祖国だ。普段そんなこと考えもしないくせに…左目から涙がこぼれる。

これが、旅だ。

Sunrize日の出時刻からやや遅れて、雲の層の上に太陽が顔を出す。日本人はね、こうやって初日の出に手を合わせるんだ。島根半島がどんどん近づき目と鼻の先。あそこまで行けば、自転車で走った道が全国に繋がる。美保関沖を回頭すると鳥取側の陸地も見えてくる。靖国参拝を連想させぬよう、こっそり小さく美保神社へ向かって二礼二拍手一礼。海の上から初詣ってか? 船の前方には境港大橋、そして今ダイハツのCMで話題の江島大橋も遠望する。左手の灯台には釣り人たちの姿が。第一日本人発見!

アテンダントに呼ばれ、部屋にいる数人に「アンニョン ケセヨ、サヨナラ!」してロビーで待機する。定刻の9時から30分余遅れて境港国際旅客ターミナルに接岸し、下船順番はツアー客様が優先なのでわりと後の方。皆スパッツとか付けてるし、大山にでも行くんだろうな。入国審査の長い行列が帰国の感動に水をさす。最終関門の税関は、唯一の日本人客で当然目をつけられそうだし、油断を誘う若い女性係員だから緊張する。澱みなく笑顔で旅の目的などを答えなければならない。荷物の量は少ないし、デイバックと土産袋の上の方を少し開けられた程度で放免となった。ええ、と、、、これで自由だ〜!!

Gegege船内の免税店でも特に欲しいものはなかったし、両替で得ていた40万ウォンのうち11万が余った。まぁいいや。往路のフェリーで「DBSは鳥取県からの補助金が打ち切られて3月いっぱいで廃止らしい」という噂を聞いていたので、案内所に4月以降の運航について尋ねると「しますよ!」と強く肯定される。さてどうなるかな。シャトルバスの利用者は私一人で、JR境港駅まで移動する。日本語の標識、日本語の看板、日本語の会話。ぬるいなぁ? 駅前通りではちょうどゲゲゲの大行進をやっていてラッキー。JR境線は鬼太郎ラッピング列車が入線、これ乗ってみたかったんだ。車内アナウンスは高山みなみ・今野宏美によるもの。

ここからの旅は青春18きっぷ2回分による、普通の苦行。ただしすでに予定の列車より2本遅れているため、米子〜新見間は特別急行でワープする。しばらく地面が揺れている感覚に悩まされつつ、大阪で一泊して翌日松本に帰る。

旅で得たものは何だろう。やはり言葉が分からないことによる悔しさが大きい。私だって、日本語が全く分からない外国人が日本を観光してたら「舐めんじゃねーよ」と思うものだ。次の機会があるなら、もっとしっかりしたい。

あと、両国のネット弁慶な方々はともかく、少なくともこうやって行き来している人々に関しては、仲良くしたがっていることが分かった。「あっちの国は遺伝子レベルで劣っている」みたいな悪口のスパイラルは、自国の姿さえ見えなくしてしまうもの。幼稚な外交と、親韓嫌韓を煽ることで儲けるマスコミ。それらを楽しむのも良いが、取るべき姿勢は次の言葉に尽きる。

「国家憎んで文化憎まず」

あとは、元気な日本を探しに行きたい。

(これにて韓国旅行編は終了です。長文の連続になってしまいましたが、一部でもお読み下さった方、ありがとうございました。)

12/31分 東海から日本海へ

Chaga釜山まで来ても貧乏旅行癖は抜けない。昨夜5000ウォンで買ったパリバゲットの売れ残りセットが朝食になる。食べきれない分はまた明日にして、7時前にチェックアウト…受付のジジイ寝てるのでキーを置いてくだけ。地下鉄で南浦駅に移動し、日本建築が残るという乾魚物都売市場を歩き抜ける。昨日行きそびれたチャガルチ市場を観ると、港町の活気が溢れている。何で韓国人って皆元気なんだろな?

国際市場は諦めよう。また地下鉄に乗って北端の老圃(ノポ)駅で下車すると、釜山総合バスターミナルがある。そう、直接日本には帰らずに韓国北東部の東海(トンへ)市に移動するのだ。そこには日本海を渡るフェリー航路があって、今日ちょうどウラジオストク発の便が入港し、鳥取県境港市に向かって出港する。元々船に乗るのが旅の目的だったし、ぜひ利用してみたいじゃないか。…しかしローマ字案内がある高速バスと違い、東海へ向かうのはハングル表記しかない『市外バス』という種別。目的地までの切符を正しく買うことが出来るのか? 途中休憩で置いていかれたり、降りるバス停を間違えたりしないか? 今回の旅で最大の難関と位置付けている。

Bus窓口の運賃表を見ると、ネットで調べたのより値上がりしている。「チョギヨ トンへ ハンミョン(1人)」「(人差し指を一本立てて)한명? ◆○☆×%*▲?」「アホプシ…シパルブン(9時18分)」「◆○☆%▲」精一杯の言葉で、31900ウォンを払いチケットゲット。寝過ごしても大丈夫なように、東海を終点とする便を選んだ。途中で三陟(サムチョク)とムジョンチャ?って所に寄るらしい(追記:ムジョンチャは無停車の意味らしい)。朝の車内はキンキンに冷えてやがる。手袋をしてる人もいるくらいだが、三列シートはなかなか快適。さよなら釜山。バスはまず、高速道路をぶっとバス。

景色は、ハングルさえなければ日本とあまり変わらない。次の海外旅行は植生の違う所へ行こうよ。墓地は形は違うが沖縄のに似てる気がする。こういう車窓風景も旅の貴重な一分一秒だが、寝不足でついウトウトしてしまう。高速道路を下りても一般国道はまるで高速みたいな作りで、制限速度は80km/h。もちろんもっと出してるが、時々信号で止まる。こんな調子で東海岸を北上して行き、11時40分頃ドライブインに入る。アナウンスで「◆○☆%▲ オシボブン(55分)」と聞こえた。あれ、15分しか休憩しないようだ。トイレに寄って、売店を見て2000ウォンでコピを飲むくらい。

Tonghae三陟でだいぶ下車し、東海市に入って途中のバス停でも1人降りる。フェリー乗り場へはこっちの方が近かったな…まぁいいや、13時40分ごろ東海市外バスターミナルに終着した(4時間半弱)。どうせ市内バスとかタクシーとか使い方が分からないし、6kmくらい歩いてみよう。ちょうど市の中心部を抜ける形で、釜山と違って日本語案内なんて無いし、完全に韓国の街だ。いや、ちょっとロシア分がある。

どうにも腹が減って、CU(旧ファミリーマート)でフライドチキンとマックスコーヒーをレジへ持ってく。おばちゃん「◆○☆×%*▲?」??!、こうなったら最後の呪文を唱えるしかない。「チョヌン イルボン サラミエヨ(私は日本人です)」したら、さらに上機嫌に話してくる。自分が海外を旅する時は面白いガイジンたれ、と思ってたけど、今回は最後までダメなガイジンだったなぁ。チキンには韓国らしく辛いソースが付き、コーヒーは遠くチバラギ県の味。

街外れにある東海駅を見て、旅客船ターミナルへはあとちょっと。ところが地図通りの場所には壁しかない。もっと左? と思ったら海軍だし。ここで絶望してたら出国手続きに間に合わないぞ。焦って港湾施設の門番に方向を聞き、右のほうへ。やっと到着した。

Dbs無愛想なカウンターでチケットを購入。2ndクラスだがエコノミークラスの運賃117000ウォンでいいみたい。旅客収入はアテにしてないようで、ネットでもよく見る話だ。他に燃料金など15500ウォン。それでもここまでずっとお金の使い方が分からなかったので、だいぶウォンが余ってしまった。小さな土産屋を見てもピンと来ず、韓国ノリの大袋だけ買ってく。で、出国審査・税関へ。こっちはボディタッチで銃など所持してないか調べられる。こうしてDBSクルーズフェリーの貨客船イースタンドリーム号に乗り込み、ユーラシア大陸から足が離れる。

しかし本当の韓国は、ここから始まったのだった。

12/30分 釜山駅へ帰れ

11名用の船室は日本人部屋。案外やかましいが、旅の貴重な情報も転がってくる。一緒に女を買いに行こうとか、そういうのはあとでやんわり断ろう。レストランのキムチチゲ定食は子供じゃ食えないレベルの辛さだが、酸味と旨味があってとても美味しかった。夜行フェリー星希(ソンヒ)は対馬海峡を渡る。

6b117cd7b1ea49cabe60121a3792166f翌朝未明、もう街明かりが間近に見えてきた。いよいよあれが韓国だ。入港しても下船は入国管理局だかの出勤をしばらく待つことになる。夜が開ける釜山港の街。まじでクルマが右側通行で走ってら。さあ、審査・税関の時間だ。無事通過すれば正式に、晴れてユーラシア大陸に初上陸。おいらの歴史が、また一ページ。アキハバラー\^o^/のノリでプーサーンー\^o^/とやってしまう。まだ船揺れの感覚を残しながら。

早くも人の群れからはぐれ、とりあえず殺風景な湾岸道路を釜山駅へ歩く。喉が渇いたので自販機を使おうとしたら、両替で得た40枚の万ウォン札は使えない(レートは1000ウォン≒100円)。仕方無い、朝食がてら本場のロッテリアで「プルコギボゴセット チュセヨ(下さい)」。伝わったかな?あまり旨くない。で荷物を預かって貰おうと、駅前のプサンインモーテルにWEB予約を入れてある…が、わかっちゃいたけどこの国で予約はあって無いようなもの。それともジジイ、日本語良くわからない振りをしてるのか?したら若いのが来て「チェックインは14時からだから、荷物を預かりますよ」と。ありがたい。

軽荷になって今日はとにかく歩く歩く。まず北へ。道行くクルマは殆どヒュンダイかKIAまたはドイツ。で日本車は予想以上に見かけない。レクサスとホンダを1台ずつ発見しただけだった。やがて商業地の西面(ソミョン)。本屋で「チョギヨ シガクピョ オディイムニカ?(すみません、時刻表ドコデスカー)」とカタコトで聞いてみると「シガクピョ?◆○☆×%*▲!」と大きく横に手を振る。友人N君に聞いてはいたが廃刊の模様。日本ではベストセラーなのにね。言葉が通じただけで嬉しい。多分。

7d15fc820d7543b4b1a18f6667ba225bしかし何か食おうにも、どこでどう声を掛けたらいいのやら。もう疲れたよ…。東へ向かう道すがらやっと勇気を出して、3つ千ウォンのタイヤキ?の出店にチュセヨ。「◆○☆×%*▲?」戸惑ったが、3つでいいのかということらしい。陽気なおばちゃんだった。タイヤキはカリッと脂っこく、旨かった。 日本人が滅多に来ないような学生街でまた本屋を見付け、日本マンガの韓国語訳モノを物色。弱虫ペダルを自分用の土産に買ってく。いつか読めるようになるかしら。どこの街もやたらスマホ屋が多く、それ以上に「약」の字つまり薬局が多い。

85c5a87968e74fc5a15c1f85fe80cc7dやばいもう日が傾いてきた。広安里(クァンアルリ)ビーチからは横一文字の吊り橋が映える。夕景が夜景に変わる頃、やっと海雲台(ヘウンデ)ビーチに到達。カジノで遊ぶ時間は無いし、わざわざ割高な焼肉を食う気もしないので、出店のワプル(ワッフル)だけ食って地下鉄で釜山駅へ帰る。23駅分も歩いていたんだ。車内は皆、サムスンかLGのスマホを弄っている。

荷物を預けてあるとはいえ、部屋が確保してあるとは限らないから怖い。まぁ大丈夫だった。ジジイに4万ウォン取られる。WEBでは3万5千ウォンだったが、もうどうでもいいわ。部屋はダブルベッド。この国のモーテルは普通にビジネス・観光とラブを兼用している。布団のオンドル部屋じゃないが床暖房が効いて暖かい。無線LANもある。あとは値段なりに低グレード。

ゆっくり休む暇はなく、南へ走って南浦洞(ナンポドン)へ。チョンボクチュク、チョンボクチュク〜!N君オススメの済州家(チェジュガ)営業時間に間に合った。壁メニューに日本語もあるので「あわびのおかゆ下さい」。最初は味が分からなくて塩を振ってしまったが、やがてその濃厚な旨味に気が付くと病み付きになる。隣りの日本人達があわびバター焼きを沢山分けてくれたし。「ここで韓国のあわびを食い、これからロシアの“あわび”を食いに行くんだ!」って。釜山を訪れる日本人は皆“飲む打つ買う”しか考えて無い、韓国人にはそう思われてるかも知れない。

6eae46eb32404698ab8efda73373e3b7釜山タワーでしよっぱい夜景を見て、光復路(クァンボンノ)に繰り出すとイルミネーションが凄い。こうして歩いてるだけで楽しく、寝る時間が勿体ない。また出店で何か食おう。…やはり言葉も作法もワケ分からん。どうにか辛いジャンボ焼き鳥にありつき、もう一品。芋けんぴみたいなものをチュセヨ。で「サムチョンウォン」と言われたのにボッとして3万ウォン出してしまい、大恥。そんなに高い訳ないよ。「◆○☆▲イルボン◆○☆×%*▲!」と隣りのおばちゃんに話しながら、お釣りをくれた。日本人だと見抜かれてたし。 調子に乗ってたのが一気に冷めた感じ。

もう釜山駅へ帰ろう。芋けんぴ?をバリバリ貪りながらヒト気の少ない裏通りをトボトボ、あれ意外と治安が良いな。中国人街に入ると声かけが多くなり、退散。駅のロッテリアでアメリカノコピを飲み、一日を締める。

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