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8/29-30 雨に走れば

Hataden土曜の午後、晴れたり雨が降ったりするなか自転車で、松本市街から乗鞍高原までトンネル街道を登る。道の駅で小休止しつつもタイム2時間半弱と、調子は上々だ。全日本マウンテンサイクリングin乗鞍の受付を済ませ、民宿の寿家に下りる。今年もここを定宿とするチーム寿に入れてもらうことができた。夕食はしっかりご飯3杯。アルコール苦手な私にしては珍しく、飲み会でも酒を少々頂く。

Center日曜の早朝、しっかりご飯3杯。外は強い雨が止まない。大半の仲間が宿に留まったまま棄権するが、大会本部から下山誘導協力員を承った身としてはその選択肢が許されない。コース状況はやはり悪く、距離1/3の三本滝レストハウスまでという短縮コースでの開催となった。まさかの3年連続短縮だし、2009年を最後にフルコース1:20'切りが出来てない年がまた続く。しかしスタッフ達もきっと「最悪」と思っている状況下で、30回記念大会という事情もあるだろうけど意地でもレースをしてもらうんだという意気込みを感じる。有り難いことだ。自分にとっても何か意味があると考えよう。本降りレースなんて新鮮!…

スタート時間は1時間繰り下げ。これですっかり身体が冷え切ってしまった。グループほぼ先頭からスタートするが、序盤で自分でもびっくりするほど順位を落としてしまう。呼吸ばかり苦しくて、全然脚が回らない…。みな条件は同じなのに、どうしてそうガンガン行けるんだ。夜泣峠付近からようやくリズムが出てきて逆襲に転じるが、時すでに遅し。去年の三本滝レストハウス「通過」21分に対し、1分遅い22分02秒でのフィニッシュとなった。

3fallまぁ、今日は参加できただけでも良しとしたい。知人で棄権しなかったのは会社商品宣伝の都合で走らないわけにいかなかった(?)猛虎参號さんと、その撮影サポート(?)のnorikura1059さん、あと会えなかったが後輩のN君だけだった。全体でも完走2032名/エントリー4388名=46%と、かつての富士登山競走なみの低率。

さて本番の下山誘導は、また先導車に付く先頭係。この雨ではほとんどの後続が慎重過ぎて距離が離れてしまい、待つべきか悩む。しかし一匹だけ先導車を煽るアホなオッサンが居るのでそうもいかず、怒鳴る。仕事をさせてくれてありがとう。心置きなく、報酬の果物を楽しみにできるわ。

Midono会場に戻れば、サービスのりんごはどうせ余るので食い放題。宿に戻るまでに身体は冷えっ冷えで、温泉で何とか生き返る。昼食のカレーを大盛り2杯食って、お別れ。雷雨中止だった6月のヒルクライムin王滝村では、木曽福島への帰路も降り止まなかった。今回もそう。「止まない雨も、あるんだよ。」…そんな言葉を思い浮かべながら、山を下りていく。自転車ではあぶいと言う人もいるし、心配して頂けるなら有り難いが、自動車よりは安全だと思う。テプコ館(閉館)でトイレを借り、道の駅でソフトクリームを食べつつ、波田高速を使って無事帰宅。やっといろいろ乾かせる。体温変化が激しかったので、当面風邪に気をつける必要がありそうだ。

8/14分 大洗電撃作戦

Domap北海道に居たのは5泊5日(夜行列車で上陸したため)。仮の予定を立てる時に欲張ってあれこれ詰め込み、結局それをほぼ踏襲した。毎日早朝から夕方遅くまで駆けずり回るキツいサイクリングとなったが、お陰でワイドかつディープな旅を楽しめた。夕張を忘れない。

それにしてもこのフェリー、エコノミーしか空いてなかったから仕方なくそれにしたが、部屋は暑いしイビキはうるさいし隣と肘が当たるしで、「これは無理」と諦める。エントランスのソファーの方がマシ。もうずっとネットもテレビも見てないし、こうなると備え付けの新聞さえ読みたくない。世の中の動きを知るのは帰宅してからでよい。今しばし、非日常を続けたい。0時を過ぎても眠れないので、本棚にある弱虫ペダルの外伝でも読む。

やがて眠ったが、キャンプ生活どおり4時過ぎには起きる。外の天気は今ひとつ。西に浮かぶのは三陸海岸だろうか。朝食はまたバイキング形式で、ポテトフライ超盛るぜー。限界まで腹に詰め込み、太る。その後うたた寝をしているうちに、福島第一原発の沖は通り過ぎてしまった。見たかったような、見たくなかったような。昼飯は持ち込みのコンビニおにぎり。

Oarai憧れたイメージとはちょっと違ったけれどありがとう、さんふらわあさっぽろ。14時、待望の大洗港接岸。フェリーターミナルからしてガールズ&パンツァーの垂れ幕が掛かっている。そう、大洗町はアニメによる町おこしとしては世界最大の成功例として知られる。まる一日かけてじっくり聖地巡礼したいが、今日中に松本へ帰るための乗り継ぎがタイトだ。電撃作戦で街を駆け抜けるしかない。クロモリ製自転車なので黒森峰学園重点な。いざ、ブリッツクリーク!

鹿島臨海鉄道の大洗駅も楽しい。一回の旅で4回目の輪行ともなると、チャリを分解する手際も良くなった。水戸まで乗車して、あとはJR北海道&東日本パスの最終日利用。鈍行旅で上野東京ライン経由、中央本線方面へ。もう疲れは限界で、修行の様相だ。まつもとー、まつもとー。自転車を組み立て終える頃には日付が変わり、8日目? まっすぐ帰宅してバタンキュー。燃え尽きた。

不在中にこれと言って連絡もなかったし、私が生きていようがいまいが世の中回ってるんだなという感想。溜まった新聞に目を通して、大きな扱いは上海爆発と川内再稼働くらい。ツーリング中に撮った写真は1388枚。反省。

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そして気がつけば全日本マウンテンサイクリングin乗鞍が目前。このタイミングでようやく、短縮コースだった去年の参戦記をアップ。間に合ったー?

8/13分 廃鉱めぐりヤリキレナイ

最終キャンプで使ったコッヘルは洗わない作戦で、さっさとチャリに積み込み出撃。幸福の黄色いハンカチ広場は入場時間前で、中に入らないとハンカチは見られない。でも若菜メインストリートには左右に黄色いハンカチがあしらってあり、高倉健さん気分を味わえる。さいはての駅、夕張の小さな駅舎の裏には大きなホテルがある。マウントレースイだ。ここを買収したことが市財政破綻のダメ押しになったと伝わる。今は加森観光系が運営しているが、外資が興味を示してくることを待っている気がする。早くしないとここも廃線になっちゃうよ。

Advfami寂れつつも名画看板の数々が楽しい本町を抜け、「石炭の歴史村」に入る。かつて泊まったキャンプ場はどこ? 建物もほとんどが閉鎖され、石炭博物館のみが意地でも維持されている。奥に進むと廃遊園地「アドベンチャー・ファミリー」がある。ここは立入禁止じゃないから、詳細をブログに書いても大丈夫だよね? 園内トロッコ列車跡は草ぼうぼう、夢の世界の入口だったゲートは雪で押し潰され、お化け屋敷は今の姿の方が怖い。極めつけはプールのウォータースライダーで、バリバリに崩れ落ちている。「バリバリ夕張♪」という楽しげなCMの成れの果てが、…なんという光景だろう。

廃校の窓が割れまくっているのも悲しい。ドラクエ4のアッテムト鉱山にもよく例えられる夕張の破滅は、他人事なのだろうか。それとも日本自体が夕張化しつつあるのか。一応土産物は買っていくが、やり切れない思いで西へ、ヤマを下りる。上を向いて走ろう。そこに現れるのが、夕張郡由仁町の一級河川「ヤリキレナイ川」。小さな流れだが、ネタ的に寄ってみたかった。同じく夕張郡の栗山町は道が広く駅舎も立派。ゴーゴー夕張こと栗山千明さんと関係あるのかは不明。

Utonaiレンガ壁が美しい岩見沢駅まで走って輪行、街の食堂で昼食をとってから列車に乗る。なかなか乗る機会がない室蘭本線の岩見沢〜沼ノ端間を体感してみたかったから。晴天の下さっきの栗山、由仁と南下していき、沼ノ端までで目的を果たしつつ千歳線に乗り換える。美々(BiBi)駅に降り立つと、駅ノートにはラブライバーによるイラストが。美々川を少し下ったところがラムサールなんたらのウトナイ湖。これは北海道のイメージらしい広々とした景観だ。ハスカップソフトクリームを食って、いよいよ北海道ラストラン。苫小牧フェリーターミナルまでがんがんペダルを漕ぐ。

Sunflowerもう何日か駆けずり回りたいけれど、北海道&東日本パスの期限と、それに合わせて帰りのフェリーも予約してあるから仕方ない。さんふらわあさっぽろに乗船してまず風呂を済ませ、18時30分出航。先月末に同航路のさんふらわあだいせつが火災で大変なことになったからビビったが、こちらは予定通り運航してくれて助かった。

徐々に離れていく苫小牧の街並みと北海道の山々。またこの島に来られるだろうか。あとは文字通り大船に乗った気分だし、ディナーバイキングで限界まで食いまくる。

8/12分 鹿島臨終鉄道

今日も早朝からサイクリング開始。上砂川町には美しいピラミッド形をした、石炭のズリ山がある。今でも自然発火が起こり、あちこちから煙が上がっているのが見える。観光客は接近不可?わるにゃん。さて峠を超えると石狩平野の奈井江町、ナイエエエ。直線国道を南へ進むと茶志内(ちゃしない)駅がある。姉ちゃんおチャしない?

Ponbetsu三笠市もかつて炭鉱で栄えたが、人口1万人を割った。そのくせ道道の交通量が多いのは、札幌〜富良野間の動脈だからだろう。今日もまた東の山に入って行くと、幾春別地区に奔別(ぽんべつ)炭鉱の遺構が残る。立入禁止?わるにゃん。巨大な立坑櫓は鉄骨むき出し、奥の長大な建物は運炭列車が入線できるようになってたようだ。うんたんうんたん♪と楽しげに走っていたのだろうか。もう廃鉱巡りはお腹いっぱい。それよりあーいーすー。街には「あいすの杜」なんていう洒落た店があり、黒蜜サンデーを頂く。

学生時代の合宿で泊まった桂沢ダム湖の国設野営場、それに卓球や食事も可能だった温泉施設は消滅した。ここから夕張国道に入ると交通量は激減。お盆休みだし、酔狂なクルマやバイクが時々通るので熊の心配はなさそう。やたらとキツネはエサ欲しそうに出没する。むろん近寄るとエキノコックス感染の恐れがある。

Kashima三夕トンネルを抜けると夕張市の鹿島地区に入る。かつて1万9千人がこの谷に密集して暮らしていたのだから、それは大変賑やかだったろう。みんな、どこかへ行っちゃった。新しい夕張シューパロダムによって完全に水没していたらつまらないと思ったが、水位が下がってかつての区画や廃線跡が出現している。それに枯れた木々が広範囲に、独特の色彩を放って次の水没を待っている。美しくも退廃的な、なんという光景だろう。これが、北海道だ。

ブレーキワイヤーが切れて応急修理などしているうちに、さっきから対岸で光っていた雷がついに自分の近くにも落ちてくる。土砂降りになるし、生死を賭けた猛ダッシュでシューパロトンネルに逃げ込む。助かったぁ。近くの南大夕張駅跡にホームと列車が保存されているので、そこで寒さに震えながらしばらく雨宿り。いかつい表情のラッセル車が魅力で、客車の中は暖かい。保存には大変な努力がなされているようだが、十年二十年先はどうなっているだろう。

Minamio小康状態になってようやく出撃。南清水沢のスーパーで買い出しして、雨がしつこいしどこかで駅寝するつもりで北上。途中、軒下のある公園を発見する。超緊縮財政の夕張市にしては珍しくトイレも水道も使えるし、テントを張らせてもらおう。

8/11分 期待値ヤン

自分の叫び声で一旦目が覚めた。テントの外は雷雨、そんなに怖かったか。朝には止むが、濡れたテントを自転車に積むことに。

まず来年度の廃線対象である留萌本線の増毛〜留萌間に沿って北上。珍駅名とされる阿分(あふん)駅は阿分小学校の裏にある木造ホームで、待合小屋には駅ノートがある。何か書いてこ。留萌から先も線路に沿って内陸へ向かう。こちらもJRが全線廃止を沿線自治体に打診しているらしい。

Ashimoi峠下駅は周りに人家がなく、秘境駅とされる。ここからは魅力的な駅のオンパレードで、全て寄ることになる。恵比島峠を越えてすぐの恵比島駅は、NHK「すずらん」明日萌駅のロケセットがそのまま残る。あしもーい、あしもーい…。初めて全話観た朝ドラだったので、個人的な思い入れは強い。あの頃の遠野凪子さんはみんなの憧れだった。今はほとんど朝ドラを観なくなってしまった。

ドラマの劇中歌「星の線路」を歌いながら、真布(まっぷ)、石狩沼田、北秩父別、秩父別(ちっぷべつ)を訪問していく。セイコーマートで北海道メロンソフトを食べ、最後は難読駅として有名な北一已(きたいちやん)。どこの駅ノートにも先客によるデレマススタンプがある。こうして半日で並走が終わってしまうくらい、短い「本線」であった。

通信を断絶して4日目ともなると、ようやく自分の時間を取り戻した、というか「着地」した感じがする。ネットに振り回されて、どんだけ宙を浮いていたんだ。

Marine深川市から石狩川自転車道を南下し始めるが、また雷雨が来てしまった。雨のランドナーとは言え、これはやり過ごしたい。橋の下で待っているうちに時間が押してきたので近道の国道12号に切り替えるが、うう、トラック多い。昨日列車内でツーリングマップを見てて気になった、滝川市の喫茶マリンで昼食にする。おそらく初心者向けと思われるカツカレー(750円)を注文すると、大きな皿に2合近いご飯とはみ出んばかりのカレー。なるほど「爆盛り」の店、地元フードファイター集いの場であった。

札沼線さいはての駅、新十津川に寄ってから砂川市に入る。ぬかるむダンプ道を行くと、道端にたくさんの花や飲み物が供えてある。ひき逃げの現場だ。ここは脱帽、グラブも外して合掌。もう少し進んだ所が2ヶ月前の、あの交通事故の交差点だ。同様に手を合わせていると、怒りと悲しみがふつふつ沸き起こる。この事故は被害者一家の悲劇性と加害者一味のクズっぷりがニュースソースとして喜ばれたため、連日大きく報道された。しかし実際は、日本国内だけでも毎日10人くらいは交通事故で死んでいる。負傷者はその200倍くらい。殺人兵器めいたパワーを持つクルマは、平和主義者どもには似合わぬ代物だ。

Utashinai東の山に入り、かもいトンネルを抜ける。日本の地理・地誌好きなら一度は訪れたい歌志内市がここにある。かつて炭鉱で栄えたが、今は人口三千人余り。廃線跡サイクリングロードで中心市街地まで行ってみるが、どこかの村の一集落のよう。ここのスーパーで買い出ししたかったが、コンビニしかないわ。キャンプ場も潰れているので南隣の上砂川町に入る。ここも似たような寒村だが、無料の奥沢キャンプ場がある。隣接する上砂川岳温泉は循環こそしているが、ツルツル系のよい泉質だ。あちこちに貼られた飲酒運転禁止の貼り紙が、件の加害者一味を輩出した町だけに生々しい。

8/10分 毛無から増毛へ

昨夜炊いたご飯の半分を温め、お湯を沸かしてパックの味噌汁、あとはトマトや惣菜が朝の基本メニュー。タイトな予定を組んだため誰よりも遅くキャンプ場に来て誰よりも早く出発するが、食後にまたお湯を沸かしてスティックコーヒーを飲むくらいの余裕は持ちつつ。

Kenashi倶知安から北東に向かう国道393号は、北海道らしい直線路から始まる。羊蹄山と別れ、樺立トンネルを抜けると赤井川。山中牧場とその直営店があり、もちろんソフトクリームを頂く。牛乳系の旨さだ。「長い間 待たせてごめん♪」と歌いながらキロロリゾート入口を過ぎると登り坂は本格化し、しかしそれもすぐ終わり標高650mの毛無峠に至る。

長野・群馬県境にある毛無峠と合わせて、これで二大毛無峠を制覇だ。冬期はスリップ事故のメッカだが、夏場は特に遭難の心配は無い。少し北に下りた毛無山展望所からは小樽の街を一望。さらに遥か北に増毛の街が見えると、それはもう大変に縁起が良いとされる。…てもこれ無理だろ。

小樽運河をチラ見して駅で輪行。67km走って今日のサイクリングはほぼ終了となった。昼食に鮭とイクラの親子丼を食って、列車に乗る。旅は次のフェーズ、留萌本線に移る。深川からの単行気動車は乗客40名ほどと盛況。秩父別や石狩沼田で客を降ろしていく。

Mashikeなぜ留萌本線に乗りに来たかと言うと、遅くとも来年度中には留萌〜増毛(ましけ)間が廃止になるから。乗客20名ほど居て、これなら潰すことないんじゃないか?と思ったが、終点の増毛で大半の客は乗った列車で引き返していく。ああそういうことね。私と同じ葬式鉄だ。

かつて海水浴客で満員の臨時列車も運行されていたと云う。今は増毛の海水浴場は閉鎖され、無料のキャンプ場だけ残っている。ありがたく泊まっていく。

8/9分 火山巡りのチャリは走る

B寝台に揺られ、僅かに明るくなってきた4時15分、東室蘭駅で下車。さよなら急行はまなす。さすがに北の朝は寒いな。

Hiyori最初の目的地であるオロフレ峠へは登別駅からが近いが列車が停車しないため、20km手前からのサイクリング開始となった。せっかくだからイタンキ浜に寄っていく。鳴り砂は霧雨に濡れて鳴らなかったが、断崖絶壁の風景が北海道らしい。登別駅前から内陸に入っていき、倶多楽湖に寄り道。まん丸のカルデラ湖で、全くひと気がない。外輪山を越え登別温泉に下りる途中、日和山がシューシューと噴気を上げている。生きている火山が間近!

Toyaカルルス温泉は受付時間外なのでスルー。オロフレトンネルを抜けると、さっきまでの霧雨が嘘のように晴れている。しかし標高930m、旧道の峠まで登ってみるも海からの湿った空気でまた霧の中。北海道では美幌峠の次くらいにネームバリューがある峠だが、景色を見渡せるのは西側へだいぶ下りた所からとなった。

昭和新山や有珠山を横目に洞爺湖岸を北に離れ、外輪山を越える。さらにアップダウンを繰り返す地形。たまらず道の駅ルスツでソフトクリームを買い食いする。これから毎日、ソフトを食おうぜ。喜茂別から羊蹄山がはっきり見えるようになり、京極温泉で入浴、ふきだし湧水で給水を済ます。ニセコアンヌプリを正面に、今日は倶知安まで。無料のキャンプ場でテントを設営し、米を炊いてマーボドーフを作る。

Yotei火山めぐりの様相だったラン初日は、早朝から夕方遅くまで走り距離155km、獲得標高差1750m。キャンプツーリングにしては脚を使いすぎた感がある。明日は休足日にしよう。

8/8分 はまなす旅 have a nice trip

金曜の仕事が終わり、それからほぼ完徹で旅支度を間に合わせた。早朝の松本駅で自転車を輪行し、まずは高尾行き。七日間有効の「北海道&東日本パス」による普通列車の旅が始まる。今年から長野以遠の信越本線が三セク化してしまい新潟回りの接続が悪くなったので、新宿回りのルートを選択した。湘南新宿ラインで直に宇都宮まで行けるのはありがたい。うとうとしながら黒磯、郡山、福島と乗り継いでいく。

例によって無線封止、つまりケータイ・スマホの類は家に置いてきた。やはり年に一度は、そうやって自分の時の流れをリセットしたい。ただ考え事をするだけの贅沢が延々と続く。仙台で一旦駅を出ると、街は七夕祭りの千秋楽。こんな都会も良い。暑くて水分・塩分が不足してるので、ラーメン苦手な私にしては珍しくラーメン屋に入る。焼き飯の旨い末廣。

普通列車だけじゃ間に合わないし、東北新幹線でまだ未体験の盛岡以遠も乗ってみたい。かつ、あまりタイトな乗り継ぎは嫌だ。その条件だと仙台から新幹線はやぶさを使うしかない。八戸を過ぎると車内はだいぶガランとして、八甲田山の下を抜けて行く。雪中行軍遭難事件の現場を避けて通るような線形が気になる。

Hamanasu自転車と家財道具一式を運んでいると、新青森〜青森の乗り継ぎは余計に面倒くさい。ともかく挙動不審なマニアたちで賑わう青森駅に到着。夜行急行「はまなす」。この昭和のブルートレインめいた客車列車もいよいよ廃止間近と噂され、指定席券は一ヶ月前の午前10時台で完売だったはず。自由席からあぶれた客がデッキを占領しに来る前に、自転車の積み込みに成功。

ドリームカーやカーペットカーなど多彩な車両が連結されるが、今回はB寝台下段を選択。お金は掛かるけど、もう寝台車に乗るなんて最後かも知れないし。せっかくだから備え付けの浴衣を着て、横になる。22時18分に出発すると、車内チャイム(ハイケンスのセレナーデ)が鳴る。

これで始まる旅が、楽しくない訳がない! いざ青函トンネルを抜け、北海道へ・・・(7日間ツーリング分のブログは、本日から一日おきくらいに更新していきます。)

8/2 血管オーライ

Sspassブレーキシューの交換作業をしているだけで汗が噴いてくる日曜、桜清水坂をタイムアタック。酷暑なのに変な悪寒がするし、腕が痺れてくるし、つまり身体が全力で嫌がってる。しかしここはやり抜かないと、ツーリングにも影を落としそう。結果、普段34分前後のところ40分51秒掛かった。塩水とスポドリ計1リットルはもうカラカラだ。

三城牧場でちょっと高い自販機ドリンクを補給してから桧沢林道を越え、扉温泉へ。今日は入浴していく。市街地に戻ればまた灼熱。保冷剤で血管を冷やしつつ、パソコンに向かう。

という訳で去年のお盆ツーリング「岬めぐり青森と函館」旅日記をアップロード。もう今年のお盆目前という時期に、ぎりぎり間に合わせた。今年もまたケータイ等を持たずネットから自分を遮断して、糸が切れた凧のように旅をする予定だが、JR北海道の土砂崩れや苫小牧〜大洗航路の火災など、どうも交通情報に不安がある。ちなみにあの事故船「さんふらわあ だいせつ」、どうも懐かしい感じの甲板だなぁと思って調べたら、9年前に乗った「ニューれいんぼう らぶ」が改名したものらしい。→当時のブログ記事。軽くショックだが、それでも、車道上よりは桁違いに安全な交通路だと思う。

(次回のブログ更新は、ツーリングから無事帰って来られれば8/15ごろの予定です。)

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