8/8分 はまなす旅 have a nice trip

金曜の仕事が終わり、それからほぼ完徹で旅支度を間に合わせた。早朝の松本駅で自転車を輪行し、まずは高尾行き。七日間有効の「北海道&東日本パス」による普通列車の旅が始まる。今年から長野以遠の信越本線が三セク化してしまい新潟回りの接続が悪くなったので、新宿回りのルートを選択した。湘南新宿ラインで直に宇都宮まで行けるのはありがたい。うとうとしながら黒磯、郡山、福島と乗り継いでいく。

例によって無線封止、つまりケータイ・スマホの類は家に置いてきた。やはり年に一度は、そうやって自分の時の流れをリセットしたい。ただ考え事をするだけの贅沢が延々と続く。仙台で一旦駅を出ると、街は七夕祭りの千秋楽。こんな都会も良い。暑くて水分・塩分が不足してるので、ラーメン苦手な私にしては珍しくラーメン屋に入る。焼き飯の旨い末廣。

普通列車だけじゃ間に合わないし、東北新幹線でまだ未体験の盛岡以遠も乗ってみたい。かつ、あまりタイトな乗り継ぎは嫌だ。その条件だと仙台から新幹線はやぶさを使うしかない。八戸を過ぎると車内はだいぶガランとして、八甲田山の下を抜けて行く。雪中行軍遭難事件の現場を避けて通るような線形が気になる。

Hamanasu自転車と家財道具一式を運んでいると、新青森〜青森の乗り継ぎは余計に面倒くさい。ともかく挙動不審なマニアたちで賑わう青森駅に到着。夜行急行「はまなす」。この昭和のブルートレインめいた客車列車もいよいよ廃止間近と噂され、指定席券は一ヶ月前の午前10時台で完売だったはず。自由席からあぶれた客がデッキを占領しに来る前に、自転車の積み込みに成功。

ドリームカーやカーペットカーなど多彩な車両が連結されるが、今回はB寝台下段を選択。お金は掛かるけど、もう寝台車に乗るなんて最後かも知れないし。せっかくだから備え付けの浴衣を着て、横になる。22時18分に出発すると、車内チャイム(ハイケンスのセレナーデ)が鳴る。

これで始まる旅が、楽しくない訳がない! いざ青函トンネルを抜け、北海道へ・・・(7日間ツーリング分のブログは、本日から一日おきくらいに更新していきます。)

2/13-15 大坂ビルの陣

木曜の仕事を終え、松本発の夜行バスに乗り込む。最近スマホのセットアップや操作習得のため睡眠すいみんスイミンすいみん睡眠不足♪だったのでグッスリ良く眠れた。

Umedasky金曜の朝、梅田に到着。今日は有休を取ってあるしゆっくりと、ヨドバシの9時半開店まで時間を潰そう。マクドWi-Fiでシャンシャンとゲームでもするが、いつまで居られる訳もない。外をぷらぷら歩いてみると、貨物駅跡の向こうに聳えるあの奇妙な建物が目についた。世界初の連結超高層ビルこと、梅田スカイビル。10時開場までさらに時間を潰してから、700円を払ってシースルーエレベーターと空中エスカレーターに乗る。地上173mを謳う空中庭園展望台からは、淀川の流れや大阪湾越しの淡路島など良い眺め。平日のこんな時間に観光してるのは他に、セルカ棒を手にした連中ばっかりだ。

Harukasnw阪神地下で御座候を食い、JR環状線の内回りに乗る。ドーム球場の辺りとか、大阪マラソンで走った道が車窓に見えると心にジンと来るものがある。天王寺で降り、見上げればあべのハルカス。むらよしと煙は高い所を好むもので、やっぱ登りたい! 1500円を払って天井の演出が星間飛行っぽいエレベーターに乗り、60階の天井回廊へ。時折雪が舞うが、やはり格違いの高度感。通天閣を遥か眼下に、大阪の全てが見えるよ。あと、男子ならここのトイレには絶対寄るべし。

Harukas300500円追加で屋上ヘリポートツアーがあるらしいので、平日の空いてるこの機会、もちろん参加。いざ地上300m、日本一の高さのビルの頂へ! ガラス越しではない景色を見に行こう。…ところがタイミング悪く、雪がたくさん舞ってくる。そして静電気で逆立つ、参加者たちの髪の毛。目の前の避雷針に雷ちゃん電ちゃんが落ちて来たらタダじゃ済まないのではと内心ビビる私だが、他の参加者やガイドさんたちはヘラヘラ面白がっている。御嶽山の噴火をデジカメで撮っているうちに亡くなった方々が脳裏をよぎる。一応ガイドさんが受付と無線連絡をしていたが「この現象の原因は良く分からないそうです」との回答。大阪では雪自体珍しいので、対応策がマニュアルに無いようだ。「この天候下でのヘリポートツアーは最初で最後かも」とも言っていた。死に近いほど生を感じるもの。オレ、生きてる! 貴重な体験が出来て良かった。(後で調べたらやはり落雷の前兆として、登山家にはよく知られた現象らしい。)

近鉄古市の親戚宅に泊まる。「どこも高校行かれへん」と嘆いていた姪に昨日合格通知が来たようで、祝いに私のと同じ格安スマホをプレゼントする。但し私のMVNO契約(70MB/日)に追加SIMでデータシェアする形で、通話契約はつけなかった。LINE登録のためSMSオプションは付けたが、それでも月に619円追加で済む。なんせ各種調査によれば高校生の9割以上がLINEをやっている。どデカい嘘を突き通したらそれは本当になっちゃったみたいな世の中、ガラケーでは辛かろう。様々な事情により私が動かざるを得ず、しかし与えるならこちらも一通りの知識が必要。最近急いで、柄でもなくスマホだのLINEだのに手を出していた所以である。入学手続きで居合わせた他の親娘たちにさっそく「いまどきLINEしてないの?」と突っ込まれていたらしく、タイミングとしては最期だった。これで一安心、ではなく依存症を起こさぬよう経過観察が欠かせない。人と会っている時はスマホを弄らない、など基本マナーが上手く伝わるだろうか。70MB/日の契約(うち10MB程を私が昼休みに使用)は丁度良い歯止めになるだろう。

土曜。古市から南河内サイクルラインをジョギングで、富田林の石川サイクル橋に向かう。山々には雪雲がかかり、金剛はティータイムどころじゃなさそうだ。復路は旧東高野街道で、計11km走行。

Harukasten昼過ぎには出発し、天王寺辺りを観光。大坂の陣激戦地である茶臼山を見て、ついでに真田幸村討死の安居神社もお参り。信州に帰りたくても帰れなかった彼に、これから帰る私が何を思っても嫌味ではないか? と申し訳ない気持ちになる。昨日ハルカスから見下ろして気になっていた四天王寺にも寄って、観光終了。新大阪から、がたんごとん、しんかんせ〜ん。名古屋の新幹線ホームは在来線ホームよりきしめんが旨い、との噂があるので食べてみる。うーん、確かに旨いような? あとは特急で帰松。

日曜は二年に一度の恐怖、車検。平成元年式のおんぼろアルトだし、見積もり20万を超えたら廃車にしよう。そうでなくてもどうせ預け整備になるだろう。…と思っていたら、ブッシュひとつ交換しただけでアッサリ終わった。込み込みで5万5千ほど。ジョギングで帰宅するつもりでランニングシューズを履いてきたのに、クルマで帰る羽目に。旅疲れもあるのでいいや、楽しちゃえ。という訳で走行なし。

2015/1/2-3 旅ゆけば 駿河遠江三河尾張の国に鉄の香り

日本海側は大荒れとの報に接し、予定していた鉄道旅行の方向を180度変えて、太平洋側で組み直す。基本は青春18きっぷ利用だが、身延線の普通列車はダルいのでそこだけ特急を使う。間近に聳える富士山って、やっぱ凄いな。富士から東海道線で西へ。清水〜静岡間は静岡鉄道を使い、ついでに小走りで駿府城を回る。天守閣は再建されておらず、堀に囲まれた広い公園に櫓ふたつ。

Futamata島田の工場火災に驚きつつ浜松でまたJRを降りて、遠州鉄道で北に向かう。連続高架や独自のIC乗車券など、割と近代化を頑張っている。終点の西鹿島(にしかじま)で下車。天竜浜名湖鉄道の乗換駅だが、ここは少し先の天竜二股駅までジョギング。遠回りして陸軍中野学校二俣分校跡地の記念碑を見ていく。5km走行。

天浜線の天竜二股以東は乗ったことがあるが、西側はないので今日がドキドキの初乗車。単行気動車の左手には浜名湖が、右手には三ヶ日(みっかび)のみかん畑が広がる。新所原からJRで豊橋まで移動すれば初日は終わり。だけど、せっかくだから路面電車も分岐線まで乗り潰しておこう。鉄分の濃い旅になってる。

 

二日目。ビジネスホテルのバイキング朝食をがっつり食べて、エネルギー充填完了。渥美半島へ向かう豊橋鉄道で、終点の三河田原まで移動する。ここからバスで直に伊良湖岬(いらごみさき)まで乗るつもりだったか、路線図を見たら伊良湖支線という南岸をゆくバスもある。面白そうなのでこっち!「田舎のバスはオンボロぐるま〜♪」ってほど古くないけど、客も信号も少ない風情が良い。

Irago海岸沿い最西の堀切海岸バス停で下車。ここから先はジョギングして行かねばならない。美しい砂浜沿いを走る渥美サイクリングロード脇にはサボテンが生えている。日出の石門(ひいのせきもん)で岩場探検…あんまり迷い込んでると時間やばいぞ。恋路ヶ浜を見下ろす所まで来たらもう一息。伊勢湾の向こうに雪化粧をした鈴鹿山脈を望み、突端の燈台まで回ってから伊良湖クリスタルポルト旅客ターミナル到着、約8km走行。

ここから知多半島への船便は、前々日が強風で運休だったので、今日も来て見るまで心配だった。どうやら通常通り運航していて一安心。多少は安定しているカーフェリーが最近廃止されて、高速船だけになっちゃったんだよね。最中アイスを買って食べ始めたところで出航、これが揺れる揺れる。つーか宙に浮いたかと思うと叩き落とされる、の繰り返し。体調が悪かったらイチコロだろうな。天気晴朗なれども波高し。旅情たっぷり篠島、日間賀島を経由して河和(こうわ)港で下船。

河和から知多武豊まで名鉄線で、武豊から大府連合首長国までJRのキハ25形気動車で移動(まもなく電化されるらしい)。もうこれだけ色々な乗り物を体験したらお腹いっぱいだよ。そういえば初詣がまだたった。ハイドライド3気分で熱田神宮のお守りが欲しい。大混雑で病気も怖いが、ごくたまには人間の匂いが充満している場所も良いではないか。どうにかお参りを済ませて前厄の御守りを購入。千種で駅きしめんを食って、あとは中央西線で松本に帰る。

今年は寝正月気味で旅はこれくらい。思い付きによる予定外の行動も多く、ジョギングを旅の手段に組み入れて、体力いっぱい楽しめた二日間だった。

8/14-15分 Seven days 右往左往

函館の街を名残惜しく写真に収めながら駅で輪行。ちょうど上野発の北斗星が入線してきて人だかりが出来ていた。あれのチケットを取れなかった悔しさはあるが、結果として無理のない良旅になっているかも知れない。自分は始発の特急スーパー白鳥に乗って、本州へ帰る。JR北海道&東日本パスは函館〜青森間において、特急券を別に買えば乗車券として機能する。18きっぷだと木古内〜蟹田間しか特急に乗れないから、その違いを活かしてみたかったんだ。

Aomori青森駅で輪行を解き八甲田丸の周りをぷらぷらして、そろそろスタート。信号停止したところに浅草焼の店があって、つい寄ってく。上田のじまん焼きより小ぶりだが65円は安いわ。2個食って今度こそスタート。長野マラソンのTシャツを着てジョギングしている人を見かけ、ちょっと嬉しくなる。

陸上自衛隊を過ぎて少し登ると、はじめての三内丸山遺跡。物々しい入口の建物だが、入場は無料だ。園内は、確かにあのデカい矢倉?は凄いが、あとはプチ吉野ケ里ってとこ。それよりミュージアムはなかなか良く出来てる。「縄文人もびっくり!」というキャッチに負けてソフト栗夢を食べてみたり。

Art新青森駅前を経て、羽州街道旧道で大釈迦峠(102m)を越えると津軽平野。右手に岩木山が見えてくる。左手には南八甲田と北八甲田の山々。黒石市の「こみせ通り」を通り過ぎると、伊那市・ひたちなか市と並んで「日本三大田舎っぽい市町村名」と思われる田舎館村に入る。往路の列車旅で田んぼアートの駅広告をちょくちょく見掛けていたので、気になってたんだ。まず道の駅併設の第2会場から。200円を払って展望台に登ると、結構な人だかり。昨夜の函館山ほどじゃないけど、またずいぶんミーハーな所に来てしまったようだ。一枚の写真には収まらないほど横いっぱいに、サザエさん一家が色々な品種の稲で描かれている。

次に田舎館村役場の第1会場へ。展望台に5時から登れる整理券を配布している。え?15時の間違いじゃないのか。さすがに2時間も待てず下から見るにとどめたが、何の絵かさっぱり分からなかった。さぁラストランは気をつけて。立ちくらみするくらいに旅の疲れが溜まっている。昨日今日は大した距離を走らず、JR弘前駅でサイクリング終了。

もう自転車はいい。弘前観光も以前やったのでスルー。風呂の支度をして電車に乗り、大鰐温泉へ。新しい入浴施設じゃ旅情が無さそうなので旧温泉街を歩くと、ひどく寂れている。だがそれがいい。最後のひと頑張りで茶臼山に登り降りして展望を楽しんだあとは、共同浴場の零湯大湯でゆっくりする。古いが三階建ての建物は立派。休憩室のソファーに3分と言わず、ずっとうだーってしていたい。でも戻らなきゃ。

Oowani復路は弘南鉄道大鰐線に乗ってみる。良く揺れるローカル電車で中央弘前駅まで乗り、牛丼を食ってJR弘前駅に戻る。東口公園で津軽三味線のやかましい発車メロディーを聴きながら、テント泊。

翌日、朝焼けが見えていたが、撤収を終えたとたんに雨が降ってきた。晴れ男の魔法もここまで。あとはずっとしとしと模様の日本海沿い輪行旅が続く。流れる車窓をぼーっと眺めながら、気の遠くなるような乗車時間、一年分はあるかという考え事をする。休むに似たり。

もっとずっと、ケータイやパソコンから解放された旅を続けたい気持ちもある。七日間のネット断ちで新たに得たものは何もないが、取り戻したものなら色々ある。世の中に背を向けたダメダメな感じが良い。そこには自分の時が流れるのだ。まもなく、仕事の前後に血眼になってニュースサイトや動画チャンネル、ゲームログインをチェックする日々が帰ってくる。時代ゆえの仕方無さはあるが、またこうやってプチ失踪を楽しみたい。

Mutsumap夜遅くに松本駅に降り立つと、雨は一時的に上がっている。その隙にさっさと組み立てて、24時前ギリギリに帰宅できた。おつかれーーー…。

8/9-10分 ほんまや、三厩

何もできないから、何もしなくていい。北海道&東日本パスという18きっぷに似た乗車券でのJR鈍行旅。廃人的な長距離輪行が松本から長野、新潟、庄内、秋田方面へ続く。期限は一週間。日常から離れる旅本来の雰囲気を蘇らせるため、ケータイの類はまた家に置いてきた。

盲腸線の男鹿線まで無駄に往復しつつ、追分で駅寝。俺みたいな人間が近付かないように、待合室のベンチは手すり付きになっている。始めは座って眠ろうとしたが苦しいので、床に銀マットを敷いて横になる。明日の天気以前に、無事に朝を迎えられるのか不安いっぱい。

…無事に8月10日が始まった。体調管理が甘くて少し喉が痛いのだけど。始発で新青森へ向かい、ハイブリットトレインの快速リゾートあすなろ龍飛1号に乗り換える。こんな日は客数少なく、サービスの三味線ライブもちょっと寂しい。

339という訳でやって来ました津軽線最果ての駅、三厩(みんまや)。頭の中はすっかり「雲のむこう、約束の場所」のBGMなんだけど、本降りの雨、どうしたらいいものか。こんな日にマラソン大会やってやがるし、負けるわけにはいかないな。

こんな日、こんな日…。そう、台風が絶賛接近中で風雨がキツいのだ。今年晴れ男の自分だが、台風には勝てなんだ。とにかく序盤は追い風に乗って北西の果てに向かう。岬が近づくにつれ突風になる。行き止まりになり、端島に渡ってみるも物凄い横殴りで潮ももろに浴びる。

それでも国道339号の「階段国道」は登らなくちゃな。スロープがあるので担ぎはあまり必要なく362段、標高差70mを押し上げた。灯台付近もモーレツな風で、最果ての景観はもうたくさん。階段とは別の戻り道を行くが、切り通しの部分はまっすぐ進めず何度も吹っ飛ばされそうになり、乗車は断念。時間は掛かるけど押し歩きで進む。

Takanoあじさいロードまで来れば一安心。向い風が強いけど、道の左右にせり出す青や紫のあじさいがキレイで和む。徐々に高度を下げ、三厩駅に戻る。ここからさらに松前街道を東へ進む。高野崎を過ぎると海岸沿いは本格的に向い風が強烈になり、「自転車は旧道を」という定石を破って内陸側の平舘バイパスでしのぐ。バイパスが終わればまた酷い風雨。まさに台風の中を突き進んでいる。こういう困難な旅ほど、後年記憶に残るものだ。らくらく観光旅行の、いかに印象が薄いことか。

蟹田町内のマエダストアで買い出しして、近くの公園に逃げ込む。何とか風を半分くらいしのげる場所を見付け、そこで炊事、設営を敢行。こんな悲惨なキャンプ今まであったっけ? あ、群馬遭難の時に比べればマシか。一応人里にいる以上、サバイバル感を楽しむ余裕はあるんだ。しかし一体いま台風はどこらへんを進んでいるのか、情報源がまったくない。

(お盆休みツーリング分のブログは多分一日おきくらいに更新していきます。)

6/7-8 江戸川乱流

Ldoragon中央線東京週末フリー乗車券は最近「特急券は別売り」という形に改定された。取り敢えず鈍行の始発で松本を発ち、東京に下ろう。南武線を経て蒲田に着き、友人と昼食を摂る。別れた後、りんかい線を使って新木場へ。夢の島公園にある第五福竜丸展示館に寄る。吹奏楽にラッキードラゴン(福竜)という曲があると聞いて「あああれね」と言いたいが、小学校の社会科見学で来ている筈なのに殆ど記憶が無い。それが悔しくての再訪である。人類が狂った時代…あとちょっとだけ続くんじゃ。

乗鞍畳平から富士見岳までの距離を私はよく「東京駅の京葉線ホームから中央線ホームまで歩くようなもの」と表現する。今回京葉線ホームから総武快速線ホームまで歩いてみたら、これも想像以上に長かった。両国の自転車屋でランドナー向けグッズを幾つか買って、葛飾の実家に泊まる。録画を頼んでおいたBS1のラン×スマ長野マラソン編を観て、用事は済んだ。

Edohyd翌日、小雨に当たりながら中川沿いをジョギングする。新中川通水記念公園を経て北小岩で墓参りをし、江戸川の土手に上がる。最近の大雨で運動場が冠水している。そのための河川敷とはいえ、呆然と眺めている野球少年達が可哀想だ。水元公園は菖蒲まつりたけなわで、葛飾音頭が聞こえてくると、里心が付いちゃうじゃんか。19km走行。

あとはフリー乗車券の復路。高尾でも墓参りして、小淵沢でポンして特急券を付け帰松。

先日大阪マラソンの抽選を突破したため、今年のレーススケジュールがほぼ決まった。
3月 松本ランフェス10km…自己ベスト
3月 松本ロゲイニング5h…男子ソロ優勝
4月 長野マラソン…6年ぶりサブスリー
5月 車坂峠ヒルクライム…メカトラで凡タイム
6月 ツールド美ヶ原
9月 マウンテンサイクリング乗鞍
9月 赤城山ヒルクライム
10月 大阪マラソン
2回もフルマラソンを走るのは6年ぶりとなる。あとどこかにハーフマラソンやロゲイニングを入れたいが、もう年間8レースは自分的には多過ぎる状況かも。あくまでメイン趣味は自由な旅だからな。それと、最近自転車での練習に身が入ってないので、今から大阪マラソンを照準にした方がいいかな。決まったようで贅沢な悩みは尽きない。

2014/1/1分 船上のハッピーニューイヤー

DBSクルーズフェリーの貨客船イースタンドリーム号は、関釜フェリーのよりやや小振りで、一見豪華だがエレベーターがなかったりする。割り当てられたのは2ndクラス寝台8人部屋。そこは往路みたいに日本人オンリーで、旅の話や悪口で盛り上がるものだと思っていた。ところが同室に居るのは韓国人たち。あれ?

とりあえず早目に風呂を済ませ、船内探検を開始。3人のアテンダントのうち1人が日本語も話せるので、日本人がどれくらい乗っているのか聞いてみた。すると人差し指を立てて「外国人のお客様は1人だけですよ」と。大笑いしてしまった。ロシア人さえいないこの船、数百人みんな韓国人だ!サッカー日本代表が北朝鮮遠征で味わう以上のスーパーアウェイではないか。それも明日の朝まで…。

Depart往路フェリーで「DBSの食事はクソまずいぞ」と聞いていたが、旅のネタにメシマズは基本。いわゆるバイキング形式で、後がつかえてるので急いで皿にぼんぼん盛っていく。何だか良く分からないメシになって、とにかく辛いだけ。なるほど10000ウォンの価値は無い。お代わりもせず退散。後でアテンダントに味を聞かれ、曖昧に答えたら「朝もほぼ同じものが出ますよ」と教えてくれた。暗に「やめといた方がいいですよ」という意味だろう。いつの間に離岸、東海や三陟の夜景がゆっくり遠くなってゆく。さよなら。また来られるかな。

同室にも日本語をそこそこ話せる人がいて、分からない単語をマーキングしながらゴルゴ13を愛読している。「しょっぴく」とか分からないよね。もう一人、ほんの少し話せる人もいる。やがて飲み会が始まり、参加するよう勧められる。酒がとにかく苦手で、船酔いも怖い私はとりあえず遠慮する。しかしいよいよ断れない空気になり、一杯頂くことにした。まず一番若い私から韓国焼酎を注ぐよう促される。そういう風習。ええと、こうやって左手を添えるんだっけ。5人でカンパーイ。

まさかこんな狭い所で、韓国人たちと膝を突き合わせて飲むことになるとは。しかも奥の方に座ったから逃げ場がない。流れで対馬から竹島の話になり、隣の人が「◆○☆▲トクト(独島)×%*ウリナラ(我が国)◆○☆×%*▲‼︎」とまくし立てている。だが私に対して嫌ったり怒ったりする様子はない。主張はするがあくまでフレンドリーである。あとはただ聞いていたり、日本語の人に通訳して貰ったり。やがて韓国語オンリーの船内アナウンスが流れたかと思うとお開きになり「チャル モゴッスムニダ(ごちそうさま)」。したら表に出ろと。「花火 ハジマルヨ!」

Fireデッキにはダウンジャケット姿の人々。20時半に皆でカウントダウンすると、船尾から沢山の花火が上がり大歓声に包まれる。こんな間近で打ち上げられるのを観るのは初めてだし、なかなか終わらないし、感激した。まったく、鳥取県からの巨額な赤字補填を使ってこんな事を…とも考えるが、アテンダント曰く年の最終日だから特別なんだと。

0時に年明けの歓声がラウンジの方から聞こえた。私はそのまま寝ている。しかし部屋が暑すぎて3時に起き、宴会跡のラウンジに移動。船がけっこう揺れるので、かえって気持ち悪くなった。寝台に戻る。こうして朝を迎えパンの余りを食い、外のデッキに出る。何やらみんな手に風船を持ってわらわらと出てきたので、自分も一つ貰って来る。白み出す空に、思い思いに風船を放っている。おいおい、日本の海を汚すなよ…と思いつつ一緒にやる。(竹島が日本へ還りますように) あ、右の方向に陸地が視える! 我が祖国だ。普段そんなこと考えもしないくせに…左目から涙がこぼれる。

これが、旅だ。

Sunrize日の出時刻からやや遅れて、雲の層の上に太陽が顔を出す。日本人はね、こうやって初日の出に手を合わせるんだ。島根半島がどんどん近づき目と鼻の先。あそこまで行けば、自転車で走った道が全国に繋がる。美保関沖を回頭すると鳥取側の陸地も見えてくる。靖国参拝を連想させぬよう、こっそり小さく美保神社へ向かって二礼二拍手一礼。海の上から初詣ってか? 船の前方には境港大橋、そして今ダイハツのCMで話題の江島大橋も遠望する。左手の灯台には釣り人たちの姿が。第一日本人発見!

アテンダントに呼ばれ、部屋にいる数人に「アンニョン ケセヨ、サヨナラ!」してロビーで待機する。定刻の9時から30分余遅れて境港国際旅客ターミナルに接岸し、下船順番はツアー客様が優先なのでわりと後の方。皆スパッツとか付けてるし、大山にでも行くんだろうな。入国審査の長い行列が帰国の感動に水をさす。最終関門の税関は、唯一の日本人客で当然目をつけられそうだし、油断を誘う若い女性係員だから緊張する。澱みなく笑顔で旅の目的などを答えなければならない。荷物の量は少ないし、デイバックと土産袋の上の方を少し開けられた程度で放免となった。ええ、と、、、これで自由だ〜!!

Gegege船内の免税店でも特に欲しいものはなかったし、両替で得ていた40万ウォンのうち11万が余った。まぁいいや。往路のフェリーで「DBSは鳥取県からの補助金が打ち切られて3月いっぱいで廃止らしい」という噂を聞いていたので、案内所に4月以降の運航について尋ねると「しますよ!」と強く肯定される。さてどうなるかな。シャトルバスの利用者は私一人で、JR境港駅まで移動する。日本語の標識、日本語の看板、日本語の会話。ぬるいなぁ? 駅前通りではちょうどゲゲゲの大行進をやっていてラッキー。JR境線は鬼太郎ラッピング列車が入線、これ乗ってみたかったんだ。車内アナウンスは高山みなみ・今野宏美によるもの。

ここからの旅は青春18きっぷ2回分による、普通の苦行。ただしすでに予定の列車より2本遅れているため、米子〜新見間は特別急行でワープする。しばらく地面が揺れている感覚に悩まされつつ、大阪で一泊して翌日松本に帰る。

旅で得たものは何だろう。やはり言葉が分からないことによる悔しさが大きい。私だって、日本語が全く分からない外国人が日本を観光してたら「舐めんじゃねーよ」と思うものだ。次の機会があるなら、もっとしっかりしたい。

あと、両国のネット弁慶な方々はともかく、少なくともこうやって行き来している人々に関しては、仲良くしたがっていることが分かった。「あっちの国は遺伝子レベルで劣っている」みたいな悪口のスパイラルは、自国の姿さえ見えなくしてしまうもの。幼稚な外交と、親韓嫌韓を煽ることで儲けるマスコミ。それらを楽しむのも良いが、取るべき姿勢は次の言葉に尽きる。

「国家憎んで文化憎まず」

あとは、元気な日本を探しに行きたい。

(これにて韓国旅行編は終了です。長文の連続になってしまいましたが、一部でもお読み下さった方、ありがとうございました。)

12/31分 東海から日本海へ

Chaga釜山まで来ても貧乏旅行癖は抜けない。昨夜5000ウォンで買ったパリバゲットの売れ残りセットが朝食になる。食べきれない分はまた明日にして、7時前にチェックアウト…受付のジジイ寝てるのでキーを置いてくだけ。地下鉄で南浦駅に移動し、日本建築が残るという乾魚物都売市場を歩き抜ける。昨日行きそびれたチャガルチ市場を観ると、港町の活気が溢れている。何で韓国人って皆元気なんだろな?

国際市場は諦めよう。また地下鉄に乗って北端の老圃(ノポ)駅で下車すると、釜山総合バスターミナルがある。そう、直接日本には帰らずに韓国北東部の東海(トンへ)市に移動するのだ。そこには日本海を渡るフェリー航路があって、今日ちょうどウラジオストク発の便が入港し、鳥取県境港市に向かって出港する。元々船に乗るのが旅の目的だったし、ぜひ利用してみたいじゃないか。…しかしローマ字案内がある高速バスと違い、東海へ向かうのはハングル表記しかない『市外バス』という種別。目的地までの切符を正しく買うことが出来るのか? 途中休憩で置いていかれたり、降りるバス停を間違えたりしないか? 今回の旅で最大の難関と位置付けている。

Bus窓口の運賃表を見ると、ネットで調べたのより値上がりしている。「チョギヨ トンへ ハンミョン(1人)」「(人差し指を一本立てて)한명? ◆○☆×%*▲?」「アホプシ…シパルブン(9時18分)」「◆○☆%▲」精一杯の言葉で、31900ウォンを払いチケットゲット。寝過ごしても大丈夫なように、東海を終点とする便を選んだ。途中で三陟(サムチョク)とムジョンチャ?って所に寄るらしい(追記:ムジョンチャは無停車の意味らしい)。朝の車内はキンキンに冷えてやがる。手袋をしてる人もいるくらいだが、三列シートはなかなか快適。さよなら釜山。バスはまず、高速道路をぶっとバス。

景色は、ハングルさえなければ日本とあまり変わらない。次の海外旅行は植生の違う所へ行こうよ。墓地は形は違うが沖縄のに似てる気がする。こういう車窓風景も旅の貴重な一分一秒だが、寝不足でついウトウトしてしまう。高速道路を下りても一般国道はまるで高速みたいな作りで、制限速度は80km/h。もちろんもっと出してるが、時々信号で止まる。こんな調子で東海岸を北上して行き、11時40分頃ドライブインに入る。アナウンスで「◆○☆%▲ オシボブン(55分)」と聞こえた。あれ、15分しか休憩しないようだ。トイレに寄って、売店を見て2000ウォンでコピを飲むくらい。

Tonghae三陟でだいぶ下車し、東海市に入って途中のバス停でも1人降りる。フェリー乗り場へはこっちの方が近かったな…まぁいいや、13時40分ごろ東海市外バスターミナルに終着した(4時間半弱)。どうせ市内バスとかタクシーとか使い方が分からないし、6kmくらい歩いてみよう。ちょうど市の中心部を抜ける形で、釜山と違って日本語案内なんて無いし、完全に韓国の街だ。いや、ちょっとロシア分がある。

どうにも腹が減って、CU(旧ファミリーマート)でフライドチキンとマックスコーヒーをレジへ持ってく。おばちゃん「◆○☆×%*▲?」??!、こうなったら最後の呪文を唱えるしかない。「チョヌン イルボン サラミエヨ(私は日本人です)」したら、さらに上機嫌に話してくる。自分が海外を旅する時は面白いガイジンたれ、と思ってたけど、今回は最後までダメなガイジンだったなぁ。チキンには韓国らしく辛いソースが付き、コーヒーは遠くチバラギ県の味。

街外れにある東海駅を見て、旅客船ターミナルへはあとちょっと。ところが地図通りの場所には壁しかない。もっと左? と思ったら海軍だし。ここで絶望してたら出国手続きに間に合わないぞ。焦って港湾施設の門番に方向を聞き、右のほうへ。やっと到着した。

Dbs無愛想なカウンターでチケットを購入。2ndクラスだがエコノミークラスの運賃117000ウォンでいいみたい。旅客収入はアテにしてないようで、ネットでもよく見る話だ。他に燃料金など15500ウォン。それでもここまでずっとお金の使い方が分からなかったので、だいぶウォンが余ってしまった。小さな土産屋を見てもピンと来ず、韓国ノリの大袋だけ買ってく。で、出国審査・税関へ。こっちはボディタッチで銃など所持してないか調べられる。こうしてDBSクルーズフェリーの貨客船イースタンドリーム号に乗り込み、ユーラシア大陸から足が離れる。

しかし本当の韓国は、ここから始まったのだった。

12/30分 釜山駅へ帰れ

11名用の船室は日本人部屋。案外やかましいが、旅の貴重な情報も転がってくる。一緒に女を買いに行こうとか、そういうのはあとでやんわり断ろう。レストランのキムチチゲ定食は子供じゃ食えないレベルの辛さだが、酸味と旨味があってとても美味しかった。夜行フェリー星希(ソンヒ)は対馬海峡を渡る。

6b117cd7b1ea49cabe60121a3792166f翌朝未明、もう街明かりが間近に見えてきた。いよいよあれが韓国だ。入港しても下船は入国管理局だかの出勤をしばらく待つことになる。夜が開ける釜山港の街。まじでクルマが右側通行で走ってら。さあ、審査・税関の時間だ。無事通過すれば正式に、晴れてユーラシア大陸に初上陸。おいらの歴史が、また一ページ。アキハバラー\^o^/のノリでプーサーンー\^o^/とやってしまう。まだ船揺れの感覚を残しながら。

早くも人の群れからはぐれ、とりあえず殺風景な湾岸道路を釜山駅へ歩く。喉が渇いたので自販機を使おうとしたら、両替で得た40枚の万ウォン札は使えない(レートは1000ウォン≒100円)。仕方無い、朝食がてら本場のロッテリアで「プルコギボゴセット チュセヨ(下さい)」。伝わったかな?あまり旨くない。で荷物を預かって貰おうと、駅前のプサンインモーテルにWEB予約を入れてある…が、わかっちゃいたけどこの国で予約はあって無いようなもの。それともジジイ、日本語良くわからない振りをしてるのか?したら若いのが来て「チェックインは14時からだから、荷物を預かりますよ」と。ありがたい。

軽荷になって今日はとにかく歩く歩く。まず北へ。道行くクルマは殆どヒュンダイかKIAまたはドイツ。で日本車は予想以上に見かけない。レクサスとホンダを1台ずつ発見しただけだった。やがて商業地の西面(ソミョン)。本屋で「チョギヨ シガクピョ オディイムニカ?(すみません、時刻表ドコデスカー)」とカタコトで聞いてみると「シガクピョ?◆○☆×%*▲!」と大きく横に手を振る。友人N君に聞いてはいたが廃刊の模様。日本ではベストセラーなのにね。言葉が通じただけで嬉しい。多分。

7d15fc820d7543b4b1a18f6667ba225bしかし何か食おうにも、どこでどう声を掛けたらいいのやら。もう疲れたよ…。東へ向かう道すがらやっと勇気を出して、3つ千ウォンのタイヤキ?の出店にチュセヨ。「◆○☆×%*▲?」戸惑ったが、3つでいいのかということらしい。陽気なおばちゃんだった。タイヤキはカリッと脂っこく、旨かった。 日本人が滅多に来ないような学生街でまた本屋を見付け、日本マンガの韓国語訳モノを物色。弱虫ペダルを自分用の土産に買ってく。いつか読めるようになるかしら。どこの街もやたらスマホ屋が多く、それ以上に「약」の字つまり薬局が多い。

85c5a87968e74fc5a15c1f85fe80cc7dやばいもう日が傾いてきた。広安里(クァンアルリ)ビーチからは横一文字の吊り橋が映える。夕景が夜景に変わる頃、やっと海雲台(ヘウンデ)ビーチに到達。カジノで遊ぶ時間は無いし、わざわざ割高な焼肉を食う気もしないので、出店のワプル(ワッフル)だけ食って地下鉄で釜山駅へ帰る。23駅分も歩いていたんだ。車内は皆、サムスンかLGのスマホを弄っている。

荷物を預けてあるとはいえ、部屋が確保してあるとは限らないから怖い。まぁ大丈夫だった。ジジイに4万ウォン取られる。WEBでは3万5千ウォンだったが、もうどうでもいいわ。部屋はダブルベッド。この国のモーテルは普通にビジネス・観光とラブを兼用している。布団のオンドル部屋じゃないが床暖房が効いて暖かい。無線LANもある。あとは値段なりに低グレード。

ゆっくり休む暇はなく、南へ走って南浦洞(ナンポドン)へ。チョンボクチュク、チョンボクチュク〜!N君オススメの済州家(チェジュガ)営業時間に間に合った。壁メニューに日本語もあるので「あわびのおかゆ下さい」。最初は味が分からなくて塩を振ってしまったが、やがてその濃厚な旨味に気が付くと病み付きになる。隣りの日本人達があわびバター焼きを沢山分けてくれたし。「ここで韓国のあわびを食い、これからロシアの“あわび”を食いに行くんだ!」って。釜山を訪れる日本人は皆“飲む打つ買う”しか考えて無い、韓国人にはそう思われてるかも知れない。

6eae46eb32404698ab8efda73373e3b7釜山タワーでしよっぱい夜景を見て、光復路(クァンボンノ)に繰り出すとイルミネーションが凄い。こうして歩いてるだけで楽しく、寝る時間が勿体ない。また出店で何か食おう。…やはり言葉も作法もワケ分からん。どうにか辛いジャンボ焼き鳥にありつき、もう一品。芋けんぴみたいなものをチュセヨ。で「サムチョンウォン」と言われたのにボッとして3万ウォン出してしまい、大恥。そんなに高い訳ないよ。「◆○☆▲イルボン◆○☆×%*▲!」と隣りのおばちゃんに話しながら、お釣りをくれた。日本人だと見抜かれてたし。 調子に乗ってたのが一気に冷めた感じ。

もう釜山駅へ帰ろう。芋けんぴ?をバリバリ貪りながらヒト気の少ない裏通りをトボトボ、あれ意外と治安が良いな。中国人街に入ると声かけが多くなり、退散。駅のロッテリアでアメリカノコピを飲み、一日を締める。

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12/28-29 海 笑み 忌み

西へ。松本から始まる青春18きっぷの旅は木曽の山中を抜け名古屋、さすがの雪景色な関ヶ原を過ぎて大阪に着く。姪たちに頼まれた買い物があるので梅田や阿倍野橋の街を歩き回り、少し足が棒になった。古市の姉宅で一泊。

翌朝も始発から、鈍行旅を続ける。ほとんど寝てるか旅会話の本を読んでるかだが、ふと車窓に目をやると山陽の明るい多島美が広がる。これでも旅情としては十分ではないか?

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夕方にようやく山口県下関に到着。ここから釜山行きのフェリーが出る。「♪海にお船を浮かばして 行ってみたいなよその国…」日本人なら誰もが皆、初めて歌った外国への憧れ。私にもついに実現の時が来た。海外なんか一生行かないかもと思ってたが、なんせ運賃が安い。18きっぱーは2等船室が半額の4500円となる。まるであずさ回数券だ。他に諸々の料金がかかるけど。

今日の下関発は韓国船籍の星希(ソンヒ)。年末最終便のため混雑するようだが大丈夫か? 夜行2等といえば、かつて乗った鹿児島〜奄美と奄美〜沖縄で奴隷船状態だった経験があるので、以来回避し続けているグレードだ。

それに旅先への不安をたくさん抱えている。最近悪循環が急加速している両国民感情も気になるところ。それでもこの、心の底から沸き上がるワクワクは国内旅行ではなかなか得られないなと。多少のトラブルは楽しむつもりで、生きて帰国しよう!

で、言葉がさっぱり頭に入らないままなんだが。

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