9/28分 退院したらポテトチップを食べるんだ

脚は大丈夫なので歩いて街へ降りること40分、巨大な相澤病院へ。8時半受付開始に十分な余裕はあったが、列の並びに出遅れ、持ち込んだ新聞を読みながら整形外科で順番を待つ。やがて自分の診察。後遺症を残さないためには手術が必要らしく、難しい話を聞いているうちに貧血で倒れてしまった。普段低いほうで100くらいの血圧が、60台まで下がっている(←記憶ミス)。以降、病院内の移動は車椅子で押して貰う形となった。レントゲンなど各種検査の途中で、相手方保険会社との面会も行う。休業補償についてなど、全く知識がない訳じゃないんだぞと先制攻撃を入れておく。
その後救命救急科や麻酔科にも回る。巨大病院ゆえの縦割りで、同じ設問シートに何度も答えるのが面倒臭い。そして、やはり難しい話になると倒れてしまう。なんという豆腐メンタル。こうしてさんざん待ったり待たされたりした結果、全てが終わったのは16時半となった。8時間拘束されるなら普段の仕事のほうがよっぽど楽しかっただろう。
どうせ手術するのなら、いま骨をくっつけてもしょうがない。三角巾を外す。

院内では座ってることもままならなかったのに、歩き続けてるぶんには何とかなるのが不思議なところ。これが生きるということだ。とにかく目が見えないとどうにもならないので、破損した眼鏡と同等の物を買いに行く。やっと視界を取り戻した。

Ishishiba さらに石芝町の事故現場まで歩き、前輪ポテトチップ状態、ハンドルも折れた自転車を引き取る。相手が「軽トラを用意して云々」などと言っていたが、ここだけの話、生涯クルマを運転して欲しくない人にそんな事を頼めるわけがない。
ここからが難行。前輪を持ち上げて引いて歩くがなかなか進まず、街中なのに5月の遭難時を思い出す。途中の牛丼屋街に惹かれるが、自宅の冷蔵庫には期限切れの豚肉がたくさん残っているんだ。
松本警察署まで診断書を提出しに行った所で体力が尽きた。左肩骨折の痛みが頭痛にも及ぶ。ここに自転車を置き、続きは明日。自宅まで歩いて本日計14km、ウォーキングしたことにしよう。お好み焼きを作って食べて、バタンキュー。

日曜には入院、月曜に全身麻酔で鎖骨の手術となる。

6/3 チュウリキ!

Ogushithumb 先週末の遭難について悔やんでも悔やみきれないが、気休めに顛末地図を作った(右の画像)。山中、限られた食事で相当無理に足を引きずっていたおかげか一旦は体脂肪率が3%ほど下がったものの、自転車を失ってマイカー通勤だし体中を怪我して運動出来ないのだから徐々にリバウンドしている。最近職場では座ったままの作業なので、仕事に影響がないのは幸いだ。

もう左膝は治っただろうか。筋肉量の低下がもどかしく、ジョギングの準備をして走りだしてみるが、まだダメだった…。ゆっくり歩くぶんには支障ないので、リハビリとして南松本方面へ買い物ウォーキングに変更する。今後自転車等を買い換えるための急な出費が見込まれるので、ドンキの98円中力粉はありがたい。往復12kmで帰宅。それから雨が降ってくる。

在宅時間の長さを利用して、更新が遅れているむらよしギムナシオン参戦記を一気に2つ仕上げた。もう紀元前の出来事のようだ。
→2012/2青梅マラソン(30km)参戦記
→2012/3春のランニングフェスティバルin信州スカイパーク(10km)参戦記

5/27分 さよなランドナー

群馬県嬬恋村の山奥にて。テントは岩ゴツゴツの上だし服は濡れてるし、明日をも知れない不安の中で過ごした一晩。カロメ半箱を朝食とし、いざ山を脱出すべく沢筋を降り始める。昨日の無理がたたって腕と左膝に力が入らない。セルフ斥候を繰り返して遅々と進む。ようやく何か人間が作業したような形跡があって、道を発見したかと急斜面を押したり担いだり引っ張ったりして登る。しかし完全に藪の中。少しでも引っ掛かるものを無くそうとペダルは外してあるが、肩で息をしながら分速5メートルも進まない。雪こそなけれ「八甲田山死の彷徨」の話を思い出す。

高台に出たところでもしやと思いケータイの電源を入れたら、微弱ながら電波を掴んだ。スキー場が近くにあるおかげだろう。そういえばこれGPS機能が付いていたんだ、と地図画像をダウンロードしてみる。…考えていたのとは全然違う場所に自分は居た。絶望ばかりが現実味を帯びてくる。最後の望みでまた沢筋に下り、立ち往生したところでカロメもう半箱を口にする。もう出発から5時間以上が経過し、食料は尽きた。

Hoshimata つらい決断の時が迫った。このままでは確実に遭難死する。自転車を放棄し、命だけでも助からないといけない。おいおい、冗談だろ…と思いつつフロントバッグに持ち帰る荷物を詰める。あまり多いとこれまた命取りになるが、テント・寝袋以外はがめることにした。ランドナー用輪行袋とかかさばるけど。あと食料ゴミも持ち帰る。

深い谷底なのでヘリコプターでもピックアップは無理だろう。断腸の思いで自転車と別れる。沢が増水すれば押し流されることもあるだろうか。さよなら、ハイランドレディIII世号。

Fバッグだけでも肩が痛いし、沢下りは相当な体力を食う。とっくに飲料水は尽き、沢の生臭い水で渇きをしのいでいる状態。でもどこかで正規の道と交わるはずだ。そう信じていたのに、沢は滝になり左右は門構えのような崖が立ち塞がる。ジ・エンド。おれ、死ぬのかなぁ。

滝壺に飛び込むか、崖をよじ登るかの二択となった。少し戻れば急斜面だが何とか登れるか? これが最後の難関と信じて、細い木の根を掴んでつたう。生きたいんだっ!

力の限りを尽くして再び高台に出た。GPSをチェックすると、あれ?既に正規の道と交わって行き過ぎていた。その方へもう少し登ってみると、「道だー…!!」かすれた声で叫ぶ。しかし廃道状態で竹藪が酷く、気をつけないとまたロストしそうだ。石垣の遺構はあるが橋はなく、もうひとつ沢渡りの難関が現れる。ここをクリアすると、所々道は崩落しているもののトラロープなどで辛うじて行き来できるようになっている。もうこれは、完全に現役の人道なのだ。あとはゾンビのようにフラフラと歩けばいい。

ようやく生きる望みがつながった喜びと、失ったものの大きさに涙が溢れてくる。…いや、泣くのはまだ早い。水分がもったいないじゃないか。

Asama とうとうアスファルトの車道と合流すると、時々通りかかるクルマもある。ヒッチハイクすべきかと葛藤したが、こんなボロボロの身なりでは申し訳ない。ここまで来たからには自分でケリを付けろ。梅チューブの残りを全て吸い尽くし、足を引きずって干俣の集落に入る。自販機発見。やっとカロリーのあるものを口にできる。食料品店も見つけてアンパンを買いつつ、ここにバス便はあるか聞いてみる。「日曜はないんだよなー」って、やっぱり。

疲れすぎてるせいかちっとも旨くないアンパンを喉に詰め込み、夕立のもとを歩く。歩く。走れない。歩く。ようやく吾妻線終点の大前駅に着いたが、無情にも電車は目の前で発車してしまった。ここの次発を待っては今夜中に松本へ帰れない。さらに3km先の万座・鹿沢口駅まで足を引きずり、やっと落ち着いた。コンビニで唐揚げ弁当などハイカロリーなものを買い込み、駅の待合室で身なりを整えつつ貪る。生きてこその食事! メールやツイッターをする余裕も出てきた。反応があるのが嬉しかった。

普段の人間生活というものが、いかに安全安心によって守られているかを実感する。だからこそ自殺を考える人もいるのだろう。自分は自分の愚かさのみで一番大切な物を失い、幸運の積み重ねで命だけは助かることが出来た。どう非難されても仕方がない無謀なマネをしたが、自分だけの冒険によって得られた経験で価値観も変わるだろう。とりあえず、こんなのはもう懲り懲り。

本来は自走で小諸を経由し松本に帰る予定だった。敗残兵の乗った列車は渋川、高崎から長野新幹線を経由し、日をまたいで松本駅に到着。一旦冷えた脚はもう歩くのもままならぬ状態だが、今後の出費を考えると深夜タクシーを使う訳にはいかない。時間をかけて自宅に生還。明日から仕事、日常に戻ろう。

10/2 池塘秋登山

Naebasunrise 山頂の小屋にて迎えた未明。氷点下2度の外へ出ると、たくさんの星が徐々に白く溶けてゆく。我々4人パーティーは東に少し歩き、高度感のある展望箇所で日の出を待つ。眼下はカッサ湖や街明かり、向こうは谷川連峰から奥会津、下越の山々が見渡せる。その上に若干雲が流れている為に待たされたが、見事なご来光を拝むことができた。

無数の池塘が点在する山頂湿原は驚くほど広大で、当初想像していた美ヶ原的なものとは全然様相が違う。これが苗場山だ。

Ryunomine 山小屋に戻る。裏の展望所からは秋山郷の集落を眼下に、鳥甲山にはこちらの山影が写る。これでもかってくらい朝食をとり、7時過ぎに出発。西に遥か北アルプスを遠望しながら、まず湿原を龍ノ峰まで往復する。赤や黄色に色付いた植物もあり、秋の山らしい。夏には五月蝿いであろうブヨはもういなかった。

あとは昨日登ってきた新潟側の祓川コースを引き返す。今日は良く晴れて、登山の景色を堪能できる。その代わり昨日の静寂が嘘のように人が多い。

樹林帯に入ると単調になる登山道だが、羽根のように丘を下り、あっという間だった。和田小屋前の水場で靴を洗ったりコーヒーを沸かしたりし、もうちょっと下れば駐車場に到着。

三俣温泉「街道の湯」で湯水を湯水の如く使い、着替えてサッパリ。山はもう曇り空で、良いタイミングの登山だったと思う。越後湯沢駅で、海藻つなぎの「へぎそば」を昼食にしてから解散した。復路は往路と同様にはくたかの特急券をポンして直江津へ。あとは鈍行。長野電鉄前の立ち食いそば「しなの」でうどんを食い、松本に帰る。

Naebasan 元々8月の秋山郷ツーリングで副案として考えていた苗場山登山。それがツイッターの何気ない呟きから友人を巻き込んで復活し、形を変えて実現した。予定日が近付くにつれ天気予報が悪化したのでどうなることかと思ったが、うまい具合に回復してくれた。
またそれ以上に、呼び捨てで冗談を飛ばし合える仲間とこういう馬鹿な行動を供に出来るって、自分には希少なもの。またあるといいな。

10/1分 湯沢の男

松本から越後湯沢まで鉄道で行くのは意外に遠い。長野から新幹線乗り継ぎが最速だが高すぎるので、直江津から北越急行ほくほく線を使うことにした。特別急行はくたか5号は長大トンネル群を時速160kmでぶっ飛ばし、越後湯沢駅に到着。高速道路でやって来たサイクリング部時代の友人3人と落ち合い、昼食をとってからクルマで苗場山林道へ。

Nakanosiba 苗場、ナエバ、Naeba。とんでもなくミーハーな響きだが、登山の対象としては相対的にマイナーだろう。いざ、かぐらスキー場のゲレンデから祓川コースで歩き始める。初級向けだが時々小雨がぱらつき、装備の選択には迷う。道は沢登りに近い様相で、展望もなくやや単調。私の使い古しトレッキングシューズでは足元に油断するとすぐ浸水してくるから困る。下ノ芝など木道が良く整備された湿地帯もあり、そこは快適。また、この天候では行き交う人が滅多にいない。

さすが(かつての)体力自慢が揃ってるだけあってハイスピードで神楽ヶ峰まで登りつく。ここから稜線を一旦下って、最後のキツい登り返しはバテたものの、十分明るいうちに山頂の湿原に到着。晴れ間に喜んだのも束の間、また雲に覆われた。自然体験交流センターにチェックインしたら、もう外に出る気はしない。

Naebapeak 新潟県側から登ってきたが、この山小屋は長野県側にある。8月のツーリングではあまり果たせなかった「大震災に遭った栄村にお金を落とす」という目的はこれで達成かな。天水による蛇口はありえないくらいチョロチョロとしか出ないが、水の有り難みを思い出すいい機会だ。ただし夕食のカレーはこれでもかってほど頂く。これでもかっ。苗場山域にはキャンプ地がないし、生まれて初めての山小屋泊である。団体さんがいて賑やかだが、夜行フェリーの二等よりは広いテリトリー。

酒も少々飲み、20時前には消灯。

5/8 三峰さんぽー

自転車で桜清水坂を登る。パワー不足だし下手すりゃツリそうだからインナーローで急がず、区間43分くらい。三城牧場を過ぎ、よもぎこば林道のアップダウンを走って標高1660mの扉峠に至る。

美ヶ原茶臼山から蓼科山八ヶ岳霧ヶ峰 駐車場が風の通り道になっており吹っ飛ばされそうになりつつも、自転車を停めて遊歩道を北へ歩く。本当はジョギングしたいのだがもうだいぶ体力を使い切っているし、平坦な尾根道だけ何とか駆け足する程度。やがて標高2006m、茶臼山に登頂。台上側から歩いて来たこともある山で、西側は樹木に阻まれるが、東の霧ヶ峰・蓼科山・八ヶ岳を正面に拝むには一番の場所かも知れない。

三峰山から美ヶ原 天空の散歩を楽しむように扉峠まで戻り、さらに南へ、三峰山へ続く遊歩道もアタック。ますます走れなくなってきて正直キツいなと思いつつも、1887mの山頂に着けば疲れは吹っ飛ぶ。初めて来てみたが、遮るもののない360度の景観は予想以上。ガスって松本市街や諏訪湖はうっすら、アルプスなど遠くの山は見えなかったのでまた来たい(誰かクルマ出してー)。

三峰駐車場に降りる途中で今日初めて登山者とすれ違う。オートバイが行き交うビーナスラインを走って扉峠に戻り、あとは自転車で下山。週明けからの仕事に影響しないかとありふれた心配がよぎるが、しっかり食べておけば大丈夫だろう。

松本の展望台サイトには「美鈴湖慰霊塔」と「思い出の丘」を追加。いよいよ美ヶ原エリアに入ってきた。

11/19 廃線上のアリャー

Urusha 今更ながら少しは秋らしさを感じに行こうと、チャリで明科へ。こちらのほうが松本より標高が低いから残っているかも。駅前から『旧国鉄篠ノ井線廃線敷コース』トレッキングガイド通りに進むと、去年は塞がっていた三五山トンネルが通行できるようになっていた。しかし「廃線敷はウォーキングのための道です。自転車の通行は禁止」との表示がある。アリャー。膝が悪いので歩きたくないが、やむを得ずここからは押して歩くことに。どのみち路面は大粒のバラストなので乗り入れは困難だろう。緩い上り勾配をジャリジャリと進む。すれ違ったのは老婆一人のみ。ハイライトの漆久保トンネルを経て、駅から1時間でゴールの旧第2白坂トンネル入口に到着。この中では何かを培養しているらしく進入できない。国道で引き返すが、下り勾配はもう寒い。結構登ってきたんだってことを実感する。
帰りは田沢から大口沢への坂を経由。普通に走ると弱っている心臓に負担が掛かるので、気が付いたらパワーを緩める、の繰り返しで帰宅。年内は外出できてもこの調子だろう。

ところでパソコン用スピーカーとして古いラジカセのスピーカーユニットをプッチンプリン容器に押し込んだものを使っていたのだが、どうにも音質がシャカシャカしすぎてMacBook内蔵モノラルスピーカーで聴いた方がマシでは、という状況になっていた。という訳でとうとう棄却。
iALARMという、iPod用のスピーカーシステムがあった。目覚まし時計を模した小さな筐体からは、やや篭りながらもサイズに見合わぬ低域豊かなサウンドを奏でてくれた。しかし本体にはタイマーも電源スイッチもなく基本的に通電しっぱなしで、勿体無いからとオーディオタイマーと組み合わせて不使用時は切るようにした。すると仕様なのか欠陥なのか、iPod側から電気が逆流してバッテリーが空になってしまう。
いいや、これをバラしちゃえ。という訳でスピーカーユニットを外してアルミカップ酒のフタに固定して、コンビニ缶コーヒーのオマケが入っているキャップに嵌めて小さなパソコン用スピーカーが完成。
Speaker38 早速聴いてみるが、低域は期待したほどじゃない。こういうのは左右に分離することで筐体内部で逆位相を打ち消し合ってくれることがなくなるので、エンクロージャーにウレタンを詰めてみたところで余り効果がないのかな。よく解らんけど。とはいえ先代に比べれば出ている。高域はユニットを自分に向けられるようになったことで開放的になり、篭もりは改善。結果としてfバランスには優れたシステムになった。ただし音量を上げるとビリビリ言うようになり、若干控え目に抑える必要がある。そもそも8Ωのユニットを基本16Ω以上のイヤホンジャックからドライブするのが間違っているような気がする。8Ωの抵抗を買ってきてかませればいいのかな。相変わらずよく解らない。まだいろいろ調べたり改造したりする余地はありそうだ。

9/26 私もバスタクシー

Katanokoya 朝4時に起きてクルマで乗鞍高原へ。畳平行きのバスに乗る予定だったが、次発まで時間がある。「四人ならタクシーもありか」と思っていたところに運ちゃんが営業に来たので、渡りに舟。ちょっとした観光案内付きで、途中ご来光を拝みつつ楽々と肩の小屋口まで上げてもらった。もう登山道に雪渓は残ってないし、7時過ぎには標高3026mの剣ヶ峰に登頂。乗鞍はこういう登り方もアリだよね。
奈川や高山方面は雲海になっているし、北アルプスは遥か立山・劔岳や白馬三山まで見渡せる。これまでで最高の遠望になった。南アルプス北岳の肩越しに念願の富士山も確認。気温は冬並みだが風は穏やかで助かった。
Unkai さすがに空気の薄さを感じつつ富士見岳を経由。畳平まで歩きタクシーを呼び寄せて乗鞍高原へ戻る。何台の自転車とすれ違っただろうか。10時過ぎなら温泉は空いていて、今日ものんびり露天風呂を堪能。ル・コパンで上質なパンを買い食いし、松本へ帰宅。あとはウダウダくたばる。

9/25 Fxxk子宝鑑定団

Kichi サイクリング部時代の友人が三名泊まりに来ている。と言っても走る訳じゃなく、クルマで穂高の「くるまや」という蕎麦屋へ。自分は弱気になって大ざる(三人前)をオーダーしたが、割と余裕。物欲しげに見てたら、きちがいざる(五人前)を頼んだ友人が七合目で遭難してくれたので、喜んで残りを頂く。初めからきちがいを頼んでおけば男になるチャンスだったのに。まぁ四人で総量は丁度良かったが。

さらに山奥に向かって、中房温泉に入っていく。以前は宿泊客と登山者専用という秘湯だったが、近年立ち寄り湯も出来てありがたい。露天風呂でゆったりたっぷりの〜んびり、青い空と白い雲、残り短い山の緑を眺めて過ごす。
食べ過ぎているので、帰ってからスキを見て5kmだけジョギング。

Dousojin 夜は美ヶ原温泉まで歩き、道祖神まつりを観る。ありがた〜い御神体様が「 Fxxk! Fxxk!」という掛け声で担がれているのに度肝を抜かれる。近所にこんな奇祭があることに、昨日の新聞広告を見るまで気が付かなかった。きのこ汁や振る舞い酒を飲み、三角くじで酒を当てたりした。売り言葉に買い言葉でありがた〜い道祖神の形をした子宝飴を買ってしまったが、こんなもんどうすりゃいいんだ。

8/8 チョーカイテイオー

8/8 チョーカイテイオー
鳥海郷を撤収して矢島駅前に移動すると、こっちにも裏手にテントを張れそうな広場があるじゃん。まぁいいや、ここまではウォーミングアップってことで。由利高原鉄道に乗りたい気持ちをグッと抑えて、鳥海バイシクルクラシックという自転車ヒルクライムレースの2ndステージコースを走り始める。時刻は7時半、気分はチャンピオンクラスだ。…が重荷と疲れでそうそうは進まない。コースには下りもありやがる。晴れて暑いし、時々休んで心拍を落ち着かせながら進むのがやっと。対向車の人が「さっき小熊がいたよ」と言うが、引き下がるわけにはいかない。空は曇ってきて丸々3時間、レースだったら失格→遺体収容車逝きのタイムで祓川にゴールした。

鳥海山五合目まで来たんだし、山頂まで行きたいではないか。しかしレースのついでに寄れる美ヶ原や乗鞍岳のような生易しい登山道ではない。時間が掛かるのを覚悟で歩き始める。七合目からはまた晴れて暑くなる。岩場や湿原、雪渓歩きなど変化があって明るい道だが、九合目からいよいよヘタって足が上がらなくなってきた。

矢島口の山頂が七高山。でもこれは外輪山で、内側の新山の方が数メートル高い。絶壁の外輪山を降りてまた登るのが一苦労で、岩が積み重なって出来た新山2236mにやっと立つ。下の空洞をくぐれるのが面白い。展望は、山麓が雲に隠れているので周辺の絶壁のみ。

解け出している雪渓を、多少濁っていても飲むのが山ヤの常識らしい。まぁ自分の腹でも大丈夫だろう。それより膝が耐えきるよう祈りつつ祓川まで下山し、往復5時間半掛かった。

鳥海山を振り返りながら象潟へ下りると、日本海の夕日に飛島が浮いている。キャンプ場にテントを張り、温泉は道の駅で。もう走らない。

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